当家

 

何時から巫女の家?

これはエビデンス出せと言われても

文字もろくに無かった時代のお話。

 

女子口伝は秘匿だらけ

断片開示を追うよりありません。

 

最近、五条様の偲フ花

コメント欄でのポロリ暴露続きで😂

 

ブログにちゃんと書くべきかと思い

ささやかながら纏めてみました。

 

女系口伝より

「はっきり言っていいのは継体天皇期からね」

 

二媛だけでなく従姉妹からも聞いています。

 

現在の姓となったのは12世紀末

それが家系図上公式ですが

それは取り込まれた先の後の姓です。

 

継体天皇の頃

物部神社さんも継体期を大切にしておられる...

その配慮も見え隠れしますが

 

元々、物部族に嫁に行く前は

西出雲王朝神門家(郷戸家)の領地です。

 

第二次物部東征時に滅びた西出雲王朝から

負けた者の一族は后を差し出す

 

物部に取り込まれたのはその頃

つまり3世紀半ばなはずです。

継体期は6世紀のはじめ、

250年から300年弱

西出雲流の祭祀も媛巫女も

じっくり時間を掛けて物部吸収となったのか。

 

物部神社さんに西出雲流の香りが

未だするというのは当然なのかもしれません。

 

 

当家女子口伝では

古代太陽信仰

月信仰(おそらく豊王国から)

星信仰

皆持っていると

断片は開示されています。

 

星信仰も渡来物部流以外に

出雲石見エリアに古代信仰があったかも?

 

と、偲フ花さんの記事で最近話題になっていました。

これは面白いことになります。

 

渡来星信仰との違いは?

真鍋大覚氏の著書でも

物部流と違う要素も見え隠れ🤔

 

 

さて

負けた者の一族は后を差し出す

 

ん?ん?

ちょい待て!

母だって負けた大日本帝国から

戦勝国総司令部士官の父と

結ばれとるやないか~い(やや佐賀弁)

しかも皇族に接する部門に斬り込んでいる...

 

巫女の家系の宿命なのでしょうか。

 

 

3世紀から20世紀

1700年同じ事してるんだとは。

 

また白い猫が来ますよ~

 

学ばないね~

くり返すね~

 

 

島根の空は美しい☺️

 

 

 

 

今日は予約投稿です