みなさんおはようございます!
可愛すぎるアラフィフ、石田ゆり子と同い年のまみりんです
前回のくみねーのブログ難病寛解?克服?を読んで、
現在難病の人が誰かが難病を克服したという話を聞いたら一体どう思うんだろう?私の時はどうだったか?と考えてみました
実は何年か前に、まだ数値的なものも高くて闇を彷徨っていた頃に、
母の知り合いの膠原病の人が治ったらしいわよ、と母から聞いたのです
その時の私がどう思ったかというと...
「その人本当に膠原病だったの?違う病気だったんじゃない?」
「膠原病が治るわけがないじゃない!!」
と思っていたのです
私にはその人が全く努力しているようには見えず(すみません
)
いつもジャンクなものを食べてたり運動も嫌いだったから頭から信用していなかったのです
もしかすると多くの人が私と同じような反応だと思うのです。
でも...
今考えてみると、それは見事な刷り込みだったのですよね。
「難病は治らない」
「一生仲良くしていくもの」
と思い込んでいただけだったのです。
刷り込みというのは恐ろしいもので、痛くなったらすぐ○○○とか、
効いたよね、早めの○○○○とか、
頭痛にバファ○○とかって四六時中テレビから垂れ流されているし、
私たちは子供の頃から医学洗脳されていたのですね
どんなに素敵な俳優さんや女優さんでもそういうCMに出てるのを見ると一気に評価が下がってしまう私です
結局あなたも

の手先なのね!と思ってしまいます
話が脱線しましたが、
ふと周りを見てみると難病を克服している人ってけっこういるんですよね。
ただ私たちみたいにキャーキャー言ってないだけで(笑)
静かだけど存在しているんですよ
私たちもただキャーキャー言ってるわけではなく、使命感をかんじながら声をあげているのです
使命感がどこから生まれたかについてお話しますね。
私には私と同じ全身性エリテマトーデスの10才年上の従姉妹のNちゃんがいました。
性格も明るくて面倒見も良く子供の頃からよく遊んでもらってました
そのNちゃんが膠原病になってからは大変苦労をし、母親である伯母と姉妹である私の母が年中電話でNちゃんについて話をしていたのをまだ私が学生の頃から近くで聞いていたのです
伯母との電話を切った後、母からいつもNちゃんが今こうなんだって、ああなんだってと厳しい現状を聞いていたので、私の頭の中では難病=恐ろしい病気とすっかりインプットされてしまっていたのです
ステロイドによる副作用から大腿骨の骨頭壊死になったり、たびたび長期の入院を繰り返していました
結局Nちゃんは数年前に心臓病の手術中に脳の血管が詰まって亡くなってしまったのですが、その出来事がよりいっそう私に
『真面目に病院に行ってても人は亡くなるのだ』
裏を返せば『真面目に病院へ行くと死ぬ』という思いを強くさせたのです
もちろん緊急時や外科的なものでは西洋医学に勝るものはありませんし、
同じ難病でも生まれつきのものなど薬を飲まなければ生きられない人もいます。
問題なのはそれ以外の不必要な投薬があまりにも多いことと、
本来の病気の症状よりも副作用で苦しんでいる、
または命を落とすケースもあることです
そういう現状を知ってもらいたいのと、自分の努力次第では完治するケースもあるということをより多くの人に知ってもらいたいのです。
従姉妹が亡くなったのは私にとって大変ショックな出来事で、
あんなに真面目に病院に行ってたのに、おかしいな?何かが絶対におかしい!と疑問を抱いて、Nちゃんのためにも私は元気になって証明しなくてはいけないと思っています
そして真面目に病院へ通わなくなって私は難病を完治させました
くみねーの言う通り、完治をインプットしたんです
寛解って言葉、好きじゃありません
だからアウトプットしました
みなさんも『完治』インプットしませんか?
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