(※今年度の最終回ということで、長文失礼します!)

 

今年の6月からはじまった犬てつも、今年度の最終回を迎えました。

冬日和のあたたかなお日様のもと、犬山城下町にある、開放感のある素敵な木造建てのまちづくり拠点施設「余遊亭」での開催です。

今回はなんと名古屋から新しく参加されたお二組のほか、東京からもお二人の参加がありました。

 

進行役は、いつもと同じく安本志帆さんと三浦隆宏さん。

共通テーマは「時間」です。

 

小2の子どもからリクエストがあったことから、これまでやってきた「勉強」や「けんか」などの身近なテーマよりもかなり抽象度が上がるかと思いつつも、最終回ということもあり、「時間」にチャレンジしてみることに。

結果は、今までにないくらいの「発見」がある回になったのではないでしょうか。当然のものとして受け入れていた「時間」について、改めて考えをめぐらすことで見えてきたことや、考えていなかったような言葉がたくさん紡がれることになりました。

 

 

 

進行はこれまでと同じく、大人と子どもの合同と別々とを組み合わせた三部構成をとります。

 

1)自己紹介も兼ねた合同タイム

2)共通テーマ「時間」についての大人、子ども別々タイム

3)出てきた意見を共有する合同タイム

 

1)合同タイムに志帆さんから出された問いは、

「時計が13時までになって、一日の時間が二時間増えたら何をする?」。

別々タイムで話すテーマ「時間」のウォーミングアップのような質問です。

大人からは「寝る」「本を読む」「筋トレ」「ご飯をゆっくり食べる」「ゆっくりお風呂に入りたい」「仕事をする」といった話が出るなか、子どもからは「ママと遊びたい」「工作がしたい」「テレビがみたい」「外で遊びたい」といった話が。

今回は答えられずに黙りこむ子どももおらず、「2時間」という夢のような時間の過ごし方を具体的に算段しながら、答えをひきだしておりました。

 

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2)の別々タイムでは大人と子どもが部屋を別れて、それぞれに「時間」について考えます。

 

子どもとは違い、大人の方は「時間とは何か?」といった漠然とした問いに答えるのは難しいだろうという予想もあり、まとまりのない話になるかと心配もしていましたが、実際には、それぞれの「生き方」に根差した、たくさんの時間観が共有されることに。

これまでは意見を出し合って終わりなることが多かったのですが、今回は話しあうなかで、問いがどんどんと深まっていく、そんな感覚を覚えました。

 

 

まずは「時間」にまつわる問いや考えを出し合います。

 

・時間は無駄にしたり、なくなったりするもの?

・時間=余裕。時間がないとイライラしてしまう。

・時は金なり。商売しているときは時間に遅れると仕事をなくしてしまう。時間を短縮するためにお金を使う。

・せっかちな人とルーズな人とで時間に対する感覚は違う。

 

なかでもいちばん私の印象に残ったのが、お二方によるこんな「今」の生き方。

 

・時間には過去、未来があるかもしれないが、重要なのは「今」、この瞬間。この一秒一秒を、最大限に活かすために必要な選択に、いつも真剣に向き合いながら生きている。(でも「今」を生きていたら「時間」に間に合わなくなってきた!!社会人としてやっていけなくなってきた、という難点もある。)

 

・「過去」と「未来」は頭で考えることはできるけど、感じることができない。「今」の時間は喜怒哀楽として感じることができる。どうせやるなら感情をたくさん使って生きていきたい。「時間」は「生きる」というテーマにつながっている。大人は考えることが多くて「過去」や「未来」を考えてしまうけれど、子どもは「今」を生きている。大人と子どもの違いはそんなところにも表れているのでは。

 

「今」を選択的に、積極的に生きようとする意志に、芯の通った強さを感じました。

大人と子どもの時間の感じ方の違いに話は進みます。

 

・子どもには「時間がもったいない」という感覚はあまりないのではないか?

・子どもは充実した「今」の時間を生きている。

・子ども時代は自分が主語なのに、大人は仕事に追われて生きているので時間が主体になっている。

 

 

 

―子どもが「時間」を感じるようになったのはいつからだろう?

 

・小学校になって時間割ができてから

・学校がはじまる月曜を目前とした、日曜の夜が憂鬱になる(サザエさん症候群)

・学校に行かないといけないという、従わないといけない「決まり事」ができたときから

 

―じゃあ、「約束事」や「決まり事」が「時間」を作っているのだろうか?

 

・決まりがなくて自分の好きなことができていれば時間を気にしなくていい。(ネバーランド、竜宮城)

・ネバーランドや竜宮城には時間がない。太陽が上がって明るくなったり暗くなったりはするけど、時間とはあまり関係ない。

・竜宮城は時間がない世界だけれど、陸上に戻ってきたら時間がある。そろそろ帰らなきゃと思った時点で時間が気になっている。両親のことが気になって帰る。

・人とのつながりが時間を気にさせる。人がいなければ自分で完結できるけど、人との関係ができることで時間ができてくる。

 

さらに、竜宮城の話と関連するようにして、「専業主婦」の経験を通しての話がでます。

 

・仕事をして「社会」に戻ることをあきらめて専業主婦になり、子育てにまい進してきた。子ども中心の「社会」とはあまり縁がないような生活をしてきたものの、子どもが成長してくると、幼稚園に行くようになり、子どもを通してまた「社会」に戻ることになった。

人と関わるということは「社会」に通じていること。「社会」にはルールがあってしかるべきで、そのときに時間も生まれてくるのではないか。

 

という話が出てきたところで、子どもたちがなだれ込んできて大人の回は終了に。最後を締めくくるのにふさわしい、実体験に基づいたとても説得力のある話でした。

 

 

全体の話を通して、こんな理解が生み出されていったのではないでしょうか。

 

・「今」を生きる自分の時間と、他者と共有する時間にはずれがある。

・「社会」ができて、人と生きていくところから時間を守っていくという合意ができる。

・「時間」は、人と生きるために、「社会」から要求される「約束事」や「決まり事」によって生まれる。

 

抽象的な時間論とは違う、自分の体験や物語にもとづいた話から、自分の時間と、他者/社会と共有する時間の違い、現在と過去/未来の違いが見えてくる。問いを深めていくことの楽しさを、存分に味わうことのできた対話でした。

でも、たとえ全体的な理解が生まれていったとしても、集約された意見自体はそれほど重要ではないように思います。話し合う過程で縒り糸が合わさるように紡がれた、個別のエピソードや考えの方が、断然意味があって面白い。そんなことを再認識させられる回でもありました。

 

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休憩をはさんで、3)の合同タイムでは大人と子どもが話の内容を共有します。

退出時間が決まっているこれまでの回とは違い、午後からも会場を借りている今回は、時間の流れもゆっくりと感じられます。さらに座敷ということもあってか、子どもたちもいつもよりリラックスした様子です。

 

子どもの方の内容を、志帆さんがまとめます。


 

いつもとは違い、今回は手始めに、3つの手法(言葉、身体、絵)を組み合わせた方法を使ってみたということです。

 

まずは言葉。

―時間って何だろう?

・時間は時間だよ!

・夕方になると音楽がなる

・決められた通りに動く

・太陽の動き

 

次は身体。

―身体で時間を表現すると?

手で時計の針の真似をしたり、時計っぽいチクタクの音と動きしたりする子どもたち。

 

次は絵。

―絵で時間を表現すると?

ということで、子どもたちに紙を配り、自分が考える時間の絵を描いてもらいます。

一生懸命絵を描こうとする子どもたち。

でも、口々に「間違ってもいい?」「○○を描いてもいい?」という質問があがります。これまでも犬てつでは再三、自由に自分の思ったことを話していいんだよ、ということを伝えてきたつもりなのに、リピーターの子どもたちでも絵を描くときはまだまだ自由になりきれない様子。志帆さんは声を大にして、「自分がそうだと考えるものだったらなんでもいい。」ということを何度も伝えることになりました。

 

 

それぞれに描いた絵を持ち寄って、見せ合います。

星を描いた子どももいますが、「時計」を描いた子が圧倒的多数。子どものなかでは「時間=時計」という考えが根強いようです。

そうした思い込みをほぐそうと、志帆さんは次々と質問を投げかけます。

 


 

―時計がなかったら時間はどうやってわかるんだろう?

・日時計が作れる

・北極星をみつければ時間がわかる

 

―じゃあ、時間って何? 時間がないとどうなるんだろう? 時間がない世界に行ってみよう!

ということで、「時間」のない世界をみんなで考えます。

 

―時間がない世界ってなんだ? 

・おなかがすいたら食べていい世界

・止まっている世界

・時間というのは動いているということ。

 

―時間が消えるってどういうこと? 時間はどこかにあるの?

手をあげてもらうと、あると思う子どもが4人 ないが0人 わからないが5人。

 

―どうして時間はあると思うの?

・今ここにあるから

 

―今って何?

・今自分がいるところ

 


 

―時間って見える? どこにあるの?

・未来にある。時間があるかは未来に行けばわかる

・時計のなかにある

・太陽のなかにある

・「朝」は明るくなって、「夜」は暗くなる。「昼」はずっと日があたっているから見てわかる。

 

太陽を巡る何やら説得力のある意見に、時間は太陽に関係するという方向に傾いていきます。

・太陽がなかったら無の世界

・太陽がなかったら真っ暗で、時間はないといえるんじゃないか

・太陽が出ている間は人間は動ける


 

でも、

・自分が暗いと思っていても、地球の反対側のアメリカは明るい。

という意見が出て、話はまた違う方向にシフトしていきます。子どもたちは頭をひねっていろんな可能性を考えます。

 

・時間と明るさはあんまり関係ない

・時間がないという話と、光がないという話は違う

・時間があるから動ける。時間がなかったら止まってしまう

・太陽が生まれたから時間が生まれた

・真っ暗な宇宙 真っ暗な地球には時間がない

・時間は太陽のなかにこもっている

 

そうしたなか、太陽とは関係のないところで、自分の中に時間があるという、別の視点も加わりました。

・太陽がなくても、自分たちが生きている時間がある(おなかがすいたりとか)。

・時間は見えないけど、今、自分でやってる!

 

いろんな意見がでてきたところで、

最後に、今考える「時間」をもう一度絵に描くことに。

 

 

 

二回目の「時間」の絵は、「時計」の絵を描くのではなく、「言葉」で時間を説明する子どもが多くなったようです。それぞれの子どもが個々に「時間」について考えを掘り下げていくなかで、時間は目には見えないものだということに気がついたようでした。

 

いつもは一つのテーマを協同してみんなで掘り下げていきますが、今回は一人一人が自分なりの考えでテーマと格闘して考えた模様。大人の回でも時間は生きるというテーマに関わるという話がでましたが、子どもにとっても、時間は確かにここにある自分の感覚として、外部のものとしてだけでなく、自分の内部にも存在するような性質のものでもあるということが、直感的に理解されているのでしょう。

言葉での説明は難しくても、感覚として存在するものがある。それを全て言葉に置き換える必要はありませんが、言葉にしようと意識の向け方を変えてみること、他人に向けて語ってみること、他人の意見に耳を傾けることによって、違った世界が見えてくる。今回の対話のなかで、子どもたちはそんなところを、まだまだ身体の無意識の先っぽではあるでしょうが、感じ取ったにちがいありません。

 

 

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今年度の全6回の犬てつはこれで終了です。

思えば、自分がこれまでに生きてきた「過去」、そしてこれから子どもと社会とともに作り上げていく「未来」に想いを向けたときに、「今」やることはこれだと思い至ったのがちょうど一年前のこと。

アーダコーダさん、カフェフィロさんのご協力で、安本志帆さん、三浦隆宏さんをご紹介いただけたことで、「犬てつ」の具体的な道筋が見えてきました。

進行役をご快諾いただいた安本さん、三浦さん。日本での映画初公開を許可くださったアーダコーダさん。子ども哲学セミナーを名古屋で企画してくださったカフェフィロさん。犬山での特別ワークショップに来ていただいた高橋綾さん。そして、参加してくださったみなさま。参加はしてないけれども興味をもっていただいたみなさま。「犬てつ」の意義を理解して助成金を出してくれた犬山のまち。スタッフとして並走してくれたリサさん、くみちゃん。みなみなさまのあたたかいご支援に、本当に感謝しております。

 

来年度の犬てつは、新しい枠組みのもと、4月頃から活動を開始する予定です。

子どもの進行役は引き続き安本さんにお願いし、大人の方は、スタッフや希望の参加者のなかから進行役を募る形で進めていきます。また、「話す」だけに特化しない、これまでとは違ったアプローチのアクティビティを取り入れた回もできればと考えています。

戌年の新しい犬てつにご期待ください!

 

みなさまに良いお年を!

 

※「犬てつ」メンバー随時募集中です。

メンバーにならずとも「犬てつ」参加はまったく自由ですが、メンバーのみなさまには、メールで今後のご案内をお送りさせていただきます。

メールでの案内をご希望の方は、お名前、ご住所、お子様の年齢をご記入の上、下記アドレスにご連絡ください。

(ご連絡いただけましたら、必ず返信いたします。2、3日中に返信がない場合は、お手数ですが再度ご連絡ください。)

 

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犬てつ 

 inutetsu1@gmail.com (担当:ミナタニ)