こんにちは!なかりです。
銀行を辞めて、意気揚々と
オーストラリア・メルボルンに
旅立った私![]()
ちなみに、
私は英語は受験の時に
勉強したのと、
大学で若干やっていたくらい。
なので、
ワーホリに行く前に、
国際交流会に参加して
英語を使う機会も
少し作りましたが、
実際に現地に着くと、、
英語が全然聞き取れないし
しゃべれない![]()
メルボルンのフリンダースストリート駅![]()
多民族国家のオーストラリア。
これまで教材で聞いていたような
きれいな英語を話す人は
語学学校の先生くらい![]()
最初はホームステイ
だったんですけど、
ベトナム出身のマザーで
ベトナムなまり。
「ディナー」が
「リナー」に聞こえて、
全然意味が分からなかったり![]()
思った以上に、
コミュニケーションが
上手くいきませんでした。。。
でもね、
英語が喋れなくても楽しんでいる
人は楽しんでいるし、
友達もたくさんできて、
英語を上達させていってるんですよ。
海外では、
オープンマインドになることが
めっちゃ大事で。
TV番組「世界の果てまでイッテQ!」内の
「出川哲郎のはじめてのおつかい」って
知ってます?
英語が全く話せない出川さんが、
与えられたミッションをクリア
するため、街行く人に
日本語と英語が入り混じった
意味の分からん英語で
話しかけまくって、
謎を解いていく番組です![]()
出川イングリッシュと呼ばれています![]()
出川さんは全然英語ができないけど
コミュニケーション力が高く、
失敗を恐れずに
がんがん話しかけに行くので、
何だかんだ、最終的にはミッションを
コンプリートしちゃうんですよねー![]()
だから、英語力うんぬんではなく、
オープンマインドで
失敗を恐れずに色んな人と
コミュニケーションを取っていく
ことがほんと大事で。
こういう人の方がぐんぐん伸びていく。
話がやや逸れましたが、
私はどうだったかというと、、
英語力に自信がないから、
積極的に喋れない。
なんなら、
日本人だけのシェアハウスに
引っ越しちゃってる。
日本人しか働いていない
日本食レストランで働く。
なんてことを
やっちゃってました~![]()
![]()
メルボルンに日本食レストランはたくさんあります。
でもね、
私がオーストラリアに来た目的って
なんだったのか?
あんまり明確な目標や目的は
なく来てしまった部分も
ありましたが…
やっぱり何か1つでも
成果を上げてから帰りたかった。
そう考えると、
やっぱり
英語を話せるように
なりたいと思いました。
だから、これじゃいかんと思い、
思い切って、日本人が多い
環境を飛び出して、
メルボルンからパースへ引っ越し、
インド人の家で住み込みで
働くことに。
その時の詳しいお話は、コチラで
書いています~![]()
人は基本的には弱い生き物だから。
一度安全な場にいってしまうと、
そこから出たくなくなってしまいます![]()
でも、それだと
せっかくワーホリに来た意味が
なくなってしまうと思ったので、、
ガラッと環境を変えて、
英語を喋らざるを得ない状況
を作りました。
インド人との生活は
本当にいろいろあって…![]()
詳しくは、上記の記事にも書いています!
逃げたい、帰りたいと思ったことも
たくさんありましたが、
逃げずに納得のいくまでやり切る。
それまでは絶対に帰らない!!
と心に決めて踏ん張った結果、
11ヵ月が経ちました。
その頃には、
日常会話はどうにかこうにか
できるようになり、
日本でバリバリ働きたい欲も
出てきたり、
次に進みたいキャリアも
見えてきたので、
納得して日本に帰ることを
決意しました![]()
実は、3ヵ月目くらいで
日本人の友達が帰って
行ったとき、
私もめちゃくちゃ
帰りたくなったんですが![]()
その後も、何度もホームシックに
なることはありました。。
よく帰らずに、頑張った私!!
逃げずに、
自分の納得のいくまで
やれたことは、
自信にも繋がりました。
ここでの学びとしては、
逃げたくない、
流されたくないのであれば、
そうならない環境を
自ら作ること。
これが重要だなと。
もし日本人ばかりの安全な
環境を抜け出せていなかったら、
ワーホリ経験を通して
自信を付けることも
できなかったと思います。
オーストラリアから
帰ってきたばかりの私は、
これから先は何でも出来る、
何があっても大丈夫って
思えるくらいまでに
なれていたんですよね![]()
そして、日本に帰国後は、
次のキャリアに進むため、
転職活動を始めます。
④へ続く。
最後までお読みいただき、
ありがとうございました~![]()
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