甘える、依存する、それが僕の課題。 | 磯部宗潤の軌跡

磯部宗潤の軌跡

元メンズネイリスト
エンターテイメント事業代表
愉しい時間を書き記します

どうも
僕です
磯部です。


甘える。


この言葉が、
僕にとって課題でした。





幼い頃の僕は
6人家族の母子家庭、
5人兄弟の末っ子という

なんとも可愛がられそうな
存在でした。笑


ま、いまでも5人兄弟の末っ子という点では、
なんら変わりのないものですが。



母が30の時に生まれ、
36?の時にはすでに母子家庭でした。


36歳の女性が
5人の子供を育てながら、
生きる。


いま僕は39歳で、
そのことを考えると

ゾッとします。


それと同時に
感謝の気持ちがしっかり、
湧いてきます。


そんな環境だから、
中学になって新聞配達をして
家にお金を入れる。
という磯部家の文化が
ありました。


生きる上で
働くのは当然。


中学生から
叩き込まれていました。

新聞を配り、
サッカー部の朝練に行く。
帰ってきて、
夕刊配達など。

月に10万円ほど
稼ぐ中学生でした。


学芸会、
文化祭、
運動会、
音楽発表会、

僕の母が来る事はほとんどなく、

中学生では弁当が
コンビニの弁当、おにぎり、パンが当たり前。

遠足でも、
コンビニ弁当でした。


学生の頃は
遠足や運動会に持って行くお弁当が、
恥ずかしかったりさみしい気持ちも
少なからずありましたが、

母に、
腹をたてる事は
一切ありませんでした。

だからと言って、
母を嫌いになる事は
全くありませんでした。


いつ頃からか、
恥ずかしいや寂しいを
感じなくなり、

それが当たり前になり、

自分は強くいなくちゃいけない。


そう思うようになりました。


と言っても、
学生の頃は
そうやって言い聞かせていたのかもしれません。


だから、
甘えれてる人を見ると、


羨ましいと
情けない。

が同時に沸き起こります。


僕は甘えたかったけど、
いつからか甘えるを手放した。

最初は甘えるために、
こうやったら構ってくれる、という
行動をとっていたんです。

でも、
それを手放した時がある。


だから、
大人になって
構ってちゃんといいますか、
甘えてる人を見ると、


羨ましい!と
情けない!が
同時にやって来る。


そんな生き方の中で
人を見る、
という事が
きっと養われた。


この人の言葉に
甘えがある。

この表情、
甘えがある。


甘えがあることが
悪ではないんだけど、

強くなれ!と
思ってしまう自分がいる。





気がつけば、
僕の周りに
構ってちゃんがものすごく多い。


あれ?
これって僕の目を通して見てるから
きっと…



僕の課題なんだ…。




だから最近は
母にしっかり甘えるようにしています。

それが正しい選択かなんてわかんないけど、
強くあろう!とすることを


今手放しています。



あ、これが母です笑



この日も、
演者の皆さんにお昼ご飯を
20人分作って、
電車でわざわざ持ってきてくれた。


幼い頃、
あんなにお弁当を作らなかった母が。



嬉しいです。


本当に嬉しいです。


毎年行われるイベントにも
ずっと来てくれて、
東京のイベントにも来てくれて、
今回も来てくれる。


嬉しいです。



幼い頃、
参加日にも来なかったのに。



本当に嬉しいです。




母は母で、
もしかしたら幼い頃できなかったことを、
今、一生懸命してくれてるのかもしれません。


そう思うと、
なおさら甘えないと!とも
思うわけです。




ここ数年、
ずっとそれを考えながらも、
僕の周りにいる構ってちゃんを
過去の僕に照らし合わせ、


僕は僕の課題に取り組んできました。



何が言いたいか?
と言いますと、


子供は勝手に育つ。

親を愛していない子供なんて
絶対いない。


でも、
親が子供に対して
うちの子供はダメなの。と
言い続ければ言い続けるほど、
子供は悪いことをします。


何故なら、
構って欲しいから。


と、僕は思います。


子供を自分の支配下に置く親が
多いように思えます。

子供の為、といいながら
自分のためにしてる事が
多くあると思います。



子供は勝手に育つ。


子供の可能性なんて
親がどうこう言うもんじゃない。


そう思います。


ぼく、
おかげさまで
甘えれなかったので

母からも
叱られたり束縛されたりすることは
一切ありませんでした。

超、自由に生きてきました。


成績が悪くても、
宿題してなくても、
夜帰るのが遅くても、

母はぼくを可愛いって、
すごいねって、
ありがとうって、


いつも言葉をくれていました。



そう、
僕はすごいんです。笑



今は、
母が裏でどんだけの事をしてくれていたのか、
痛いほどわかります。

感謝しかありません。


毎年、
自分の誕生日には
産んでくれてありがとうの言葉を
母に渡します。

今年で僕は
40歳。


いま、
素晴らしい人生を
送らせてもらってる事を

改めて感謝の言葉に乗せて、
メッセージしようと思います。



そんな名古屋行きの
新幹線。






あなたはあなたで
素晴らしい。