何か新しいことを始めようとするとき、どうしてもキリのいいところから始めたくなります。

たとえば、月初とか、元日とか。

 

 

 

 

 

 

でも、やりたいなら、もう今から始めてみても、いいと思います。

むしろ、今から始めたほうがいいんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

キリのよさなんて、気にする必要はありません。

キリが悪いところから、始めちゃおう。

 

 

 

 

 

 

それでも、どうしても途中から始めるのが気持ち悪いときは、次のことを思い出してください。

 

 

 

そもそも、私が人類の歴史に参戦したのは、途中からだった。

 

 

 

これを思い出すのです。

 

 

 

 

 

 

究極、人類の始まりは、アダムとイブです。

アダムとイブ以外の人類は、全員もれなく途中から人類史に登場しているのです。

途中から参戦しているのです。

 

 

 

 

 

 

私たちは、そもそも生まれた時点で、途中から始まっているのです。

だったら、今さらキリのよさを気にしても仕方ないじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

キリが悪くて結構です。

途中から始めよう。

 

 

 

 

 

 

キリのいいところから始めないと気が済まないという人は、究極、アダムとイブにならなければ欲望を満たすことができません。

でも、アダムとイブにはなれないのです。

 

 

 

 

 

 

そもそも、私たちは途中から、人類の歴史にひょっこり顔を出しただけなのです。

今さら、キリのよさだったり、始まりを意識するのはナンセンスなのです。

 

 

 

 

 

 

キリの悪いところから始めよう。

途中から始めよう。

 

 

 

 

 

 

コース途中から習いごとを始めたっていいのです。

案外、きっちり始めから始めるよりも、途中から始めたほうが、全体像が見えやすいものです。

気持ち悪いところから始めた分、全体像を捉えようとするからです。

遅れを取り戻そうとするからです。

 

 

 

 

 

 

でも、キリのいいところから始めたら、そうはいきません。

本人はキリのいいところから始めたつもりですから、遅れをとっていることに気付かないからです。

だから、安心して途中から始めることができるのです。