人をタイプに分類するのは、やめたいです。
あいさつ代わりの血液型占いは構いませんが、それを鵜呑みにするのは、やめたいのです。
私が大学生の頃、人をタイプ別に分類したがる男がいました。
彼は化学者志望のケミストリー野郎でした。
It Takes Two 野郎です。
(It Takes Two は大好きです)
彼は自分が理系であることに誇りを持っているらしく、積極的に人をタイプ別に分類していました。
分類こそ、理系の神髄らしいです。
人をタイプ別に分けることを楽しんでいるようにも見えました。
彼は、ポケモンが好きでした。
「俺は草食系。草タイプ。でも、あいつは石タイプ。頑固だから」
みたいなことを、しょっちゅう言っていました。
でも、それでは人を理解することができないです。
人なんて、十人十色です。
似ているように見えて、全然違っていたりするものです。
血液型にしても、あいさつみたいなものなので、それはそれでよいのですが、まれに本気にしている人もいます。
人間は平面ではないのです。
立体なのです。
球体なのです。
月の片側に日光が当たると、もう一方の側が陰になります。
時には日食が起こります。
人間も同じです。
人間という球体は、光の当たり方次第で、見せる表情がちがってくるのです。
型に、はめることはできません。
あの子は、ほめると伸びるタイプ。
あの子は、負けず嫌いだから、ちょっとけなすと伸びるタイプ。
あの人は、コツコツ計画通りにやるのが好きなタイプ。
あの人は、行き当たりばったりに突き進むのが好きなタイプ。
確かに、そうかもしれません。
でも、それだけでは、その人のことを平面的に見ていることになってしまいます。
極端な言い方になってしまいますが、人を平面的に見ることは、侮辱だと思っています。
本来、球体をしている人間を平面だと思うのは、その人に対する侮辱です。
地球を球体ではなく、平面だと考えていた時代を思い出します。
地動説を否定し、天動説を称賛していた時代です。
これは、よくない。
「私らしさ」とは、私が私であること以外にないのです。
「私」を図鑑で探しても、一致する情報は出てこないのです。
それが「私らしい」ということです。
この世界をどこを探しても、私と一致する人なんていない。
それが私らしさです。
そうであるならば、私以外の人も同じはずです。
タイプでなんか、くくれるはずがないのです。
せっかく私以外の誰かに出会ったのです。
その人のイヤな表情ではなく、かわいらしい表情を引き出せるようになりたいですね。
