「自分には才能があるのだろうか、ないのだろうか」

 

 

 

 

そう思う時があります。

踏ん張り時です。

 

 

 

 

ここは何としても、勘違いしなければなりません。

世間が何を言おうが、勘違いしなければならないのです。

 

 

 

 

「自分にはできる」

「自分は、それを成し遂げる人物である」

「自分は、その宿命を背負っている」

 

 

 

 

私が私のことを勘違いしてあげられなくて、どうしてうまくいくというのだろう。

私だけは私のことを勘違いしてあげなければなりません。

 

 

 

 

ただし、勘違いする際に一つだけ大切にしたいことがあります。

 

 

 

 

「自分にはできる」

 

 

こう自分に言い聞かせることは、アファメーションと呼ばれています。

悪い言い方をすると、アファメーションは自分を騙すことであるのかもしれません。

自分を騙すことで自己暗示をかけるという見方ができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にそうだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アファメーションでも自己暗示でも呼び方は何でも構いません。

でも、その極意が自分を騙すことであってはならないと思うのです。

少なくとも、私は自分を騙すことはしたくありません。

 

 

 

 

 

自分を騙すのではありません。

自分を信じるのです。

 

 

 

 

 

アファメーションでも自己暗示でも呼び方は何でも構いません。

でも、その極意は自分を信じることでなければならないと思うのです。

少なくとも、私は自分を信じてみたい。

 

 

 

 

自分を騙すやり方ではなく、自分を信じるやり方で。

これが自己暗示の極意であって欲しい。

 

 

 

 

勘違いでも、いい。

勘違いであったとしても、それが自分を信じる道であるのならば、それは進むべき道なのでしょう。

勘違いであったとしても、それが自分を騙す道であるのならば、それは進んではならない道なのでしょう。

 

 

 

 

 

私にはできる。

私にはできる。

私にはできる。

私にはできる。

私にはできる。

 

 

 

 

 

暗い顔で何度も唱えても、それは自分を騙す道。

どうせなら、明るい顔して勘違いしたいじゃないですか。

 

 

 

 

自分を信じられるか。

なかなか難易度が高そうです。

 

 

 

 

でも、きっと

 

自分を騙すのではなく、信じるために自己暗示をかけてみよう

 

そう意識を変えることから全てが始まるんじゃないかな。

はじめの一歩ですね。