もっと願っていい | ほんとうの自分らしさに気づく  らしさナビゲーター響子のブログ

今日、友達と話した後、
とても大きな気づきがあった。




私はこれまで、
「願いの叶える方法」
についてはたくさん学んできたし、


現実は自分の内側が映し出している、
という考え方も大切にしてきた。



だから何か不満があると、
まず自分を振り返る癖がある。


その不満は、
私の中のどんな思い込みが
反応しているのだろう。


私が変わることで、
現実も変わるのかもしれない。



そんな風に、
自分を見つめてきたところがある。



それはとても大切なことだと思うし、

実際に現実も好転してきたから、

この生き方を選んで良かった、

とも思っている。



だけど今日、
ひとつ重要なことに気づいてしまった。




私はいつの間にか、
何かを願う前に、その願いを

精査するようになっていたのかもしれない、


ということに。

 


例えば私が、他人に対して


「もっとこうだったらいいのに」
「本当はこうなって欲しい」

と感じていたとする。



だけどその願いが出てくるたびに、

「相手を変えようとしてはいけない」

「それはコントロールだから、
まず自分を見よう」


そんな風に、
自分でその願いを
どこかで打ち消していたのかもしれない。

 

「どんな感情も置いてけぼりにしない」
とか言っているにも関わらず、

 


ただ願う、という行為に

蓋をしてきてしまっていたのかもしれないな、

と。



 

相手を変えようとするのは、

確かにコントロールかもしれない。


だけど、


「もっとこうだったらいいのに」
「私はあなたにこうなって欲しい」


そう願うことは、自由だ。

 

ただ願うことと、
相手をコントロールすることは

全然違うことなのに、


私はずっと、


それは願うに値することなのか。

それは精神的に成熟した願いなのか。


そんなことを、
どこかで厳しく審査していたのかもしれない。

 



でも願いって本当は、
もっとシンプルなもので
よかったんだ。

 

小さな子どもみたいに、

「私はこれがいい」
「私はこれが欲しい」

って、
ただ無邪気に思うだけでよかったんだよ。

 

それに気づいた瞬間、
胸に手を当てて、

「ごめんね」

って、自分に謝った。


 
ずっと願っていたのに、
ずっとそうして欲しかったのに、


私の願いを
ちゃんと聞いてあげられていなくて、
本当にごめんね、って。

 

そうしたら、
胸の奥がじんわり熱くなって、
涙が出そうになった。



 
あぁ、よかった。
やっと気づいてくれたんだね。


そう言われたような気がした。






「こうだったらいいのにな」


っていう純粋な気持ちは、
叶える叶えない云々の前に、
まず、願っていいんだ。




だって、心の中で願うだけなら
誰にも迷惑かけてないんだから。
 


もしかしたら、
人が「願いが叶わない」と感じる理由の一つは、
そもそも願う前に、自分で自分の本当の願いを
却下してしまうからなのかもしれないな

って、なんか腑に落ちた。

 



だからこれからは、
もっと思う存分、
願ってみようと思う。

 

理由なんかなくてもいいいし、
正しくなんかなくてもいい。



私はもっとこうしたい
私はもっとこう生きたい

私はあなたにこうなって欲しい

私は社会にこうなって欲しい
 

そんな願いを持つことを、
もっと自分に、赦してあげようと思う。

 


だって、願うだけなら、
タダなんだからね!




なんかでも

これができちゃったらさ、

もっともっと自由になりそう

って予感がする。



おっとこれは、結構すごいことに

気づいてしまったかもしれないぞニヒヒニヒヒ 

 

 



 

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