支えることと、背負うこと | ほんとうの自分らしさに気づく  らしさナビゲーター響子のブログ

今日の母は、元気がなかった。


リクエストのたこ焼きを目の前に置かれて、
嬉しそうではあったけれど、
2個食べて「もうお腹がいっぱいだ」
といったから、残りは私が食べた。



「お父さんはちゃんと話を聞いてくれない」
と、父の愚痴を言いはじめた。


手術直後は、父への感謝の言葉しか
出てこなかったことを思えば、

愚痴が出るのは回復してきた証拠だ、

と少し安心する。



今の掃除機が使いづらいから
買い替えるのを検討しましょう、
という父からのLINEに、

返信していないという。




「LINEを読むのすら辛いってこと、
お父さんはわかってないんだ。
掃除機のことなんて、後でいいのに」



退院が見えてきたとはいえ、
いきなり掃除機のことに触れられたら
気が滅入るのも無理はない。



でも、生活を少しでも楽にしたいという
父の気持ちもわかるから、

「LINEの返信は、無理に返さなくて大丈夫だよ」
とだけ答えた。




「もう治療はしないで欲しい。
今回、本当につらかった。

お父さんにも言ったのに。
書面で意思表示しておいたって、
全然意味がないのね」


そんな弱気なことを言ってくるので、

 

「回復する見込みがある手術なら
家族はみんなやりたい、っていうよ。

お父さんがお母さんが元気になって
どれだけ喜んだか知っているでしょ。

反対の立場になったらお母さんだって
そうすると思うよ」



と、つい責めるような口調になってしまった。



生きている意味がないという人を
それでも生かそうとすることは、
家族のエゴなんだろうか、と思った。




帰り際、トイレに行くついでだから、
と珍しく杖をついて、廊下まで私を
見送りに出てくれた。



「響子ちゃんが来てくれて、

少し元気がでた。響子ちゃんが

今日みたいに言ってくれるうちは頑張る」


と母は言った。



その言葉はとても嬉しかったけれど、
同時に、何か重たいものを手渡された
気持ちがして、「重たいなぁ」と思わず心の中でつぶやいた。


私は、冷たい娘なのかもしれない。



誰かのためじゃなくて、
自分のために生きよう、

って思ってくれたらいいのに。




そう思ったけれど、
それこそ私のエゴでしかないな、
と思った。

 




もし将来、親に介護が必要になったとしても、
私は、自分の人生を優先するんだろうな。


そう思う自分に少しうんざりはしたけれど
それでも、距離を保つことで、
見える景色もあるのだと感じている。



実際、私が少し手を引いたことで、
最近、父が料理を覚え始めた。



先回りして、
自分が勝手にあれこれ背負い込むことは
もう卒業する、と決めた。




誰かの人生を支えることと、
誰かの人生を背負うことは、

違うことだと思っている。




今の私にできることは、
自分が引き受けられる範囲を見極めながら、
自分の人生を、選び続けること。



ただそれだけだ、

と自分に言い聞かせながら

家路についた。

 


 



 

 

 

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