自国開催と言えば、
札幌冬季オリンピック。
あまり
記憶にありませんが、
流行っていた歌の
フレーズをなんとなく
覚えています。
長野冬季オリンピックの
ジャンプ競技の金メダルを
かけた競技を
大きなお腹を抱え、
ヒヤヒヤしながら
食い入るように
テレビを観て、
その年の春に
双子の
母親になりました。
そして、何より忘れては
ならないのが
戦後から
19年しか経っていない
1964年の
東京オリンピック。
細い脚が4本ついている
白黒テレビが居間にあった
その時、私は生後5ヶ月でした。
もちろん、記憶もないし、
写真も残っていません。
6歳上の兄は
開会式のパレードを見て
感激して泣いたそうです。
親しい友は
当日に生まれたので
聖火にちなんだ
命名だそうです。
これまで
「東京オリンピックの年」
生まれを自己紹介に
入れてきたけれど、
これからは
「前の」て。言うのだなーと
開催国に決まったときも
言ったような気がしますが、
今年89歳になった
両親もロサンゼルスオリンピック
生まれなので、
やはり、
オリンピックには
思い入れがあり、
どの大会も楽しみにしてきました。
実は、2020年
柔道の試合チケットが
当たっていて
本当なら、
生まれて初めて
武道館に夫と行く予定でした。
コロナ禍もあり、
あまり行く気になれなかったけれど
いざ、無観客、となると
大学の柔道部だった夫は
「一生に一度だけの機会やのに」と
かなり落ち込み、
「もっと辛い思いしてる人がいるやん」
なんて、偉そうなことを言う私でしたが
一抹の寂しさも感じました。
その上、
開催前のゴタゴタや
中身の微妙さも
ありましたが、
テレビで観るだけでも
できるありがたさを
感じつつ、
立派な花火が上がったり
聖火が灯ると
感動して
気づけば真夜中近くでした。
そして、改めて
この度の東京オリンピックを
開催するのに
用意された
建造物を始め、
さまざまな目に見える物、
見えない物の後ろにある
数知れない人々の努力に、
尽力に
敬意を表したい。
早速始まった
競技の中には
悲喜こもごもも
あります。
伝えたい。
お疲れ様。
ありがとう。
これまで歩んできた道は
決して無駄ではないこと。
それは、これから未来へ
引き継がれること。
そう思わせてくれる
アスリートたちへも
敬意を表したい。
まだまだ
熱戦は繰り広げられる。
耐えて耐えて
この大舞台に立つことを
許されたものたちに、
そして支えてきたものたちに
外野の声は
必要ない。
そばに居なくても
エールを送りたい!
感謝を送りたい!
ただ、純粋に。
ただ、それだけ。


