「結局、男女の関係は身体が目的なんだ、だから君もそうなんだろう?」
「外見が良い人じゃないと好きにならないんでしょう?」
「あそこが大くなければ女の人を満足させてあげられない」
「年収が良くなければ結婚はできない」
今日は、男女について書いてみようと思います。
私自身、得意な分野ではないので、教訓めいたことは書けませんが、自分が思っていることが現実になる、という潜在意識の観点から頑張って書いてみようと思います。
冒頭に書いてある言葉は、今までの人生の中で、言われたことです。
私がこの概念を聞く、ということは、私自身にもあるから現れてくる、ということなので
ほうほう、そうか、何を教えてくれているんだろう?と興味深くみています。
気にならなければ、言われても気にならないし、記憶にも残りません。
言葉はあくまでも言葉、
しかもワンフレーズ切り取っただけなので、言った本人は本当はどんな意図があって言ったのか?
それはご本人しかわかりません。
動画編集で、全く違う内容、印象に仕立て上げることができる、ということのように。
ご本人の尊厳のために申し上げますと、その人は本当に関係ありません。
この言葉を受け取って私がどんな概念を持っているのか?
そこが全てなのです。
以下考察です。
「結局、男女の関係は身体が目的なんだ、だから君もそうなんだろう?」
このセリフは、マッチングアプリで出会った初デートの相手に言われたセリフですが、
実はわたし、身体的にできない人と付き合ったことがあって、それを申し上げたら
「そうじゃない人もいるんですね」
とその後その方は何も言えなくなってしまいました。
でも、身体のつながりも大切に思ってますとも!だけど、それが全てではない。
私が男性に求めていることの一つに安心感がある、と思いました。これがあって関係が成り立つ。
それとやっぱり魅力的だなって思える人と一緒にいたい。(このポイントはみんなそれぞれ違ってありますよね!)
と自分を知るきっかけになりました。
そして私自身、その男性に対して全然魅力を感じていなくて、それどころか嫌悪感を抱いていたんですね。
あなたが魅力的でないのは、身体、外見ではない、あなた自身、自分が醜いって思っているそのいじけた根性だ!
と怒っていたのかもしれません。
男性に対してすごく怒っていた私、そしてこの言葉は私自身に向けたものだったんだなあ、と振り返って思いました。
「外見が良い人じゃないと好きにならないんでしょう?」
これは女性から言われた言葉ですが、歴代の彼氏を思い出して
「えっちゃんの好きになる人ってどこが魅力的なのか分からない(外見的に)」
と言われたこともあるし、私はかっこいいと思っても人によっては全然カッコよくない、と思う人もいて
これも何が基準なのかよく分からない。
その女性が本当に私に伝えたかったことはわかりませんが、
「あなたはだからわかっていない、そんなんじゃ幸せになれない」
みたいなことかなあ、と受け取りました。
でもこれは、私の方が、あなたよりも人生わかっている部分があって、それをわからないあなたの方が下ですよっていう
私がいることに気づきました。
見下しているんですね、で、結局これも自分自身を見下しているからそう解釈している。
「あそこは大くなければ女の人を満足させてあげられない」
これは、上記の理由から私は外れますが、そう言い切った女友達もいますので、
そういう人もいますね!
でも、そうでない人もいますね!
これは昔付き合った彼氏にもう少し別な言い方で言われたんですけど笑
私は言われるまで別にそのことについてはなーーんも彼氏に対して思っていませんでした。
でもその言葉を聞いてから、ああ、気にしてんだなあ、と当時は思いました。
これを書いていて、今気がついたことは、そんなことを理由でお前の本当に気にしている改善した方がいいと思っている問題の本質から逃げんな!
という感情があったことです、本当に今気がつきました。
でも、まやっぱりこれも私自身のこと笑
「年収が良くなければ結婚はできない」
これは男性から言われた言葉です。
確かに、年収いくら以上!と条件を出して結婚される方、何人も知っております。
でもこれもやっぱり例外はある。
多分、この男性は年収が高い男性を好む女性と結婚したかったんだろうなって思いました。
この件に関して、私の狭い経験から言いますと、
年収が高い男性って、ケチな人が多い気がします。(悪いこととは思ってません)
自分が価値がある、って思ったことにはお金を払いますが、そうでないことは払わない。
あんまり世間で騒がれているイベント毎とかサプライズとか興味ない感じ。
昔、すごーく借金だらけの方と付き合ったことがあって、身の丈にあってないお金の使い方、
イベントやプレゼントをすることにすごく価値を置いていたなあ、と感じました。
プレゼントやイベントを祝うことが悪いのではなくて、それが出来る自分に重きを置いている感じ。
でも、それも相手を思いやる、愛を示す行為である、だから自分が普段頑張らないとできない部分をあげる、ということを表現することがその人にとっての愛だと思いました。
そして、これらのことは全部私自身のことなんですね。
この言葉を聞く、とは一体どんな概念、私の思い込みがあって聞くんだろう?と。
聞いた時、あんまり心地よい気分でなかったことは確かです。
私自身が同じように思っているのか?
それとももっと深い部分で言ってきた人に対して、何か私が思うことがあるのか?
ふーーーーーーん、
と考えてみて
一つは見下している。ということ。
私の方が崇高でよくわかっているのよ
という部分が共通してあるなって思いました。
なんか書いていて恥ずかしいですが、そうなんだなあ、きっと。
人は鏡
自分を映し出す鏡
自分の今の状態を知るのには周りにいる人をみるといいですね。
で、これがわかってくるともう人のせいにはできなくなってきます。
ここに書いたことも真実ではなく、全部自分の解釈なのです。
Etsuko ワールドなのです。
だから、私はこう受け取った、こう解釈した
イコール
私の世界、な訳です。
私はかなり世間に対して怒りを持っていて見下しているんですね。
それはイコール私自身が自分に対して怒っていて、自分を見下しているってことなんです
そこが気に入らなければ、変えていけばいいだけです。
ということをここに記しておきます。
愛しています
ありがとう
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