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1月14日、設定変更手帳のお題

 

これまでの人生で、誰か一人に謝罪するとしたら、誰に何を謝りますか?

 

この問いに対して「誰に謝罪する」と書きましたか?

 

「誰か一人」というのと「謝罪」という言葉に引っかかって、なかなか書けなかった方も多いんじゃないかなと思います。

 

私は「設定変更に出会う前までの私」に謝罪したいと書きました。

 

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最近すごくたくさんノートを書いて、自分自身と対話を重ねるようにしています。

 

そろそろ使い始めて1か月経つノートもこの有様で・・・

 

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(下が新品のノート^^;)

 

その度にやっぱり不思議に思うのは

 

なんであんなに自分のことを責めていたんだろうか?

 

ということ。

 

ずっと私自身を憎んで恨んできた。

 

ずっと自己否定、被害者な私。

 

自分で自分を傷つけて痛くしてきてしまった。

 

そんなことも全て喜び。

 

だから私に私が謝罪したい。

 

本当にごめんなさい。

 

ありがとう、愛しています。

 

設定変更を知る前も、ノートを書く前も、どこをどう切り取ったって「私」でしかなかったし、

 

ずっとずっとずーーーーーーーっと幸せで豊かな人生であったことは間違いない。

 

今ならそう思えるのだけど、たった4年ほど前の私には、どうしてもそう思えない自分が確かに存在していた。

 

何をやっても結局はいつも自分を責めていた。

 

自己肯定感なんて言葉はどこか遠い国のお話しのように感じていた。

 

私には関係のないものだった。

 

結局、私が私をずーっと苦しめていた、責めていた。

 

そりゃ生きづらいよ!

 

でね、責めちゃう人の気持ちもよくわかるんです、私。

 

だってそういう人の感情に触れると、やっぱり私も思い出してしまうから。

 

きっとこのブログを読んでくれた人でも自分を責めてしまうことがナチュラルに出来てしまう人は、きっとこう思うの。

 

「あ~!やっぱり私また自分責めてた!」って。

 

そのまま単純に「や~めた!」出来たらいいんだけどね。

 

自分責めナチュラル派の人は、こういう事を見つける度に、自分でも気づかないうちに自分を責めてしまっているんです。

 

「へ~、私はこうやって自分をナチュラルに責めてしまうのですね」

 

って、なかなか淡々と見ることができない。

 

どうやったら辞められるか?っていうと、もう一人の自分で、止めるしかないんですよね。

 

自分自身に責めという刃を振りかざしている自分を。

 

それを止められるのは自分しか居ないんです。

 

今までたくさん責めてきてしまった人は、その手を止めることが一番怖かったりもする。

 

私は、分かっていても続けてしまっていて、見て見ぬふりを長い事していました。

 

じゃあどこで辞められたか?というとノートを書いて自分自身の「違和感」に気付けるようになったから。

 

 

今まで当たり前に自分を責めて傷つけていたのは本当に自分の望みなのか?と問えるようになったから。

 

本当の本当は、全然好みじゃないし、望みでもないし、何なら全く心地よくもない。

 

そう気付けるようになったから。

 

少しずつ自分を責めることを辞めて行った。

 

自分責めを辞めるとね、本当に向き合わなきゃいけない事や、負わなきゃいけない責任なんかが出てくるんです。

 

その度に「あ~、こんな事なら自分を責めて居たほうが楽だった!」と気付くんですね。

 

そう、目の前の出来事に本気で向き合ったり、

 

その出来事の責任を自分で取ると決めて生きて行くのは、

 

想像以上に大変だから弱い私は常に逃げたくて仕方なかった。

 

自分を責めている方が、辛いし苦しいけど、ある種「楽」でもあったんです。

 

この両天秤にかけるのを少しずつ辞めていく。

 

時間は掛かるけど。

 

それが本当に私の人生の幸せなんだと分かったから。