
お受験から始まった最悪の学園生活私の父方の祖母が私立の学校に異常とも思える執着をする人でして。
嫁にきた立場の母は逆らえなかったらしい。
ちなみに祖母は父を中学から慶応へ叔母を山脇学園に入学させ
従姉妹たちもみんな白百合に入れている・・。
母は、今当時のことを振り返ると
親としての責任を放棄していたかもしれない。
母親として自分の意見を通すべきだったとよく言っている。
私は幼稚園のときにお受験のための塾に通い
小学校受験をする。
聞いた話によると
私は白百合学園の他にも慶応と青山学院も受験していた。
別の学校に入学していたらまた人生違ったのだろうか

ともあれ、私は超お嬢様学校と言われる
白百合学園に合格し入学した。
周りは知らない人ばかり。
幼稚園ではいつも一緒にいた弟も友達もいない。
加えて朝の通勤時間を避けるために
朝は5時起きだった。
5時に送るために就寝時間は7時とか。
弟と妹がみているドラえもんが見られないのは苦痛だった。
自ら学校に馴染もうとしない私はやはり浮いていたのかもしれない。
からかわれたりいじめられたりする標的にもなった。
女子校とは陰湿この上ない。
まぁそれでも学校には通い続けた。
同級生から何を影でコソコソ言われようが構わなかった。
少なからず友人と呼べる人はいた。
そして何よりも先生が好きだったからだ。
それが中学生のときに破綻する。
担任が最悪だったのだ。
そのときの感情しか今は覚えていない。
具体的に何が嫌だったのかも思い出せない。
私は3ヶ月ほど登校拒否をした。
その間にどうやら妊娠したらしいというい噂が立っていたというのを
伊能忠敬の子孫である友人が教えてくれた時は笑った

彼氏すらいなかったけども.・゚・(ノд`)゚・.
復学?したときに執拗に担任が休んだ理由と復活した理由を聞いてきた。
「お前のせいじゃ、はげ!」
って言ってやればよかったな

そして高校は他校を受験しようと決めた・・が。
先述の祖母の妨害にあう。
祖母の言い分に屈したのだ。
結局そのまま高校へと進みひたすら我慢し続けた。
毎年あと2年、あと1年と卒業を指折り待ちかねていた。
卒業式ほど嬉しい日はなかった。
涙なんて一滴も出なかった。
私は解放されたのだ。
ちなみに。超有名校なので冷暖房完備とか思うでしょ?
冷房ついてるのは当時職員室と音楽室と視聴覚室だけだから。
高い学費とってるくせにケチ臭いんだよw
ちなみに先輩には木村多恵とか高田万由子とかがいて
後輩には松たかこがいたらしいです(爆)
続く

0歳にして親元を離れる
伊能忠敬の子孫に「たけちゃん(私)妊娠してたって噂が立ってたよ?」と言われた学生時代←←今ここヽ(*´∀`)/
チヤホヤの大切さをかみしめた社会人時代
離婚から再婚へ
チヤホヤされていることの幸せ
2017年3月補足。
まぁ確かに最悪な学校生活ではあったんですが。
まー金持ちだらけだったですよw
木村屋の社長の娘とかいた気もする。
社長とか医者の娘ばっかりですww

