「17年振りの再会」



2025/1/21


先週1/15、親友よりLINEで

「実は父が年末に亡くなった」

と連絡が入った。

年賀状が来なかったので、何かあったのか?と心配していた矢先だった。


その親友とは高1のとき同じクラスになり、仲良くなる。それからの付き合いだからもう35年か……。時が経つのは早い。

とにかく思い出がたくさんある。


クラスにまともにピアノを弾けるのが私と親友しかいなく、合唱コンクールの伴奏係になった。他のクラスはピアノを弾ける子がいなくて、一曲を2人で弾くということになり難儀していた。お互いの家でピアノの特訓練習をして、コンクールは無事に終わる。

私は理系が苦手だったので、英語が得意で、理系頭脳の親友から勉強をよく教えてもらっていた。

当時は4人グループでつるんでいて、課題を手分けしてレポート書いたり、仲間の3人を連れて、新潟に住む祖父母の家に一緒に泊まりに行ったり、遊びも勉強も全力。

それぞれの親族と仲良くなり、夏は大磯ロングビーチへ、冬は入試期間休みのとき泊まりでスキーを滑りに連れていってもらったり、バブル後でも、お金の掛かる遊びに手を広げていた、生意気高校生だった。

母親たちも含めたランチ会で顔合わせをしているので、親も安心して皆が家族ぐるみで遊んだりする仲でした。


高2になるにあたり、私は成績が伸びずに進学クラスに行けず。仲間のうち親友ともう1人は進学クラスに。私とは別棟校舎で別々のクラスになるも、仲良しこよしは続き、親友と同じ大学に進んだ。

私は短大で、親友は大学に入学。

大学内でも顔を会わすので、バイト先も一時期一緒に。

高校のときは4人組で遊んでいたのも、大学に入ると次第に他の学校へ進学した2人とはだんだん疎遠になり、親友とだけの交流が続いた。


先に卒業式を終えた私と親友で、松戸の不二家レストランでお祝いランチをしたら、2人のハンバーグが怪しい臭いで……チュー多分腐っていたので会計で苦情を言うと、全額返金対応で口止めされた。

もう思い返すと、鮮明に覚えているインパクト有りすぎな思い出が盛りだくさん。

ここでは書ききれない思い出が山ほど出てくるなゲラゲラ

そんな楽しい時間が、私が結婚するまで続いた。


親友とは一年違いで順に結婚してからは、共働きになり、お互いに多忙な日々を送る。

「そろそろ子供作らないとね~」

と不妊治療を親友が始めて、親友は男児を出産。

私も進められて治療を始めて、長男が生まれた。それからは育児、仕事、お互いに両親の介護も始まり、もう目の回る日々。

何度か「会おう」と誘われても、あまりの忙しさに断ることが続く。

双方婚家の両親を天へ見送ったら、コロナ禍突入。

子供の受験が順に始まり、なかなか会えずして、ずっと連絡だけは取り合う状態でした。


そして先週のこと。

親友パパの亡くなった知らせを受けた。

大腿骨を骨折後、急に体調を崩し、最後は胃腸炎の診断から1ヶ月で家族に見守られながら亡くなった。12/29に家族葬で葬儀。

パパには、大変お世話になったので、何がなんでも親友の大森の実家へお悔やみに伺うことにした。



1/19当日。親友は新小岩にマンションを買って住んでいるも、実家は変わらず大森。
途中、高島屋のヨックモックでお供えを買った。
免許を取ってから親友宅へは車で遊びに来ていたので、京浜東北線に乗って大森駅を降りるなんて、何十年振りかな。
線路脇の池上通りを蒲田方面へ歩くと、昔あった激安スーパーがドン・キホーテに変わっていた。環7を越えると親友の実家がある。
インターフォンを押すと、親友が出てきて
「お久し振り~飛び出すハートわざわざありがとうね~爆笑
と、お悔やみに伺ったのに笑顔で出迎えてくれた。
17年振りに会った親友は随分痩せて、顔にシミが増え、会えなかった月日を実感した。

お焼香してからお母様、大崎に住む姉夫婦も来ていて、20年振りにご挨拶。
もうここからは、顔は老けたけど、気持ちは高校生の頃のノリにお互い戻る。

親友の実家は昔からの酒屋さん。7年前までお店をやってて、パパは82才まで働いてらしたそう。結局お兄さんは継がずに残念ながら廃業。
ちょくちょく連絡を取り合っていても、17年間会えない間、まだ伝えあっていなかった話が盛りだくさん。
驚きと歓喜が混じり、あっという間に時間が過ぎた。
2時間半滞在して、
「もう話足りないから子供の春休みに、50才のお祝い旅行に伊豆へ行こう!」
と決まり、親友の実家を跡にした。

香典返しに頂いたのは、タリーズのコーヒーとお菓子のセットでした。

親友の実家は立ち退きになり、来月近所にお引っ越しするそうで、相続と引っ越しが重なり忙しそうでした。



買い物をして家に着いたのは6時半。

玄関に出迎えた娘が開口一番、

「(夕方いってきた矯正歯科の)医院長が死んじゃったショボーン

「えっ?!」

「先週13日……」

ちょっとどういうこと?驚き

先月元気だったのに……。


医院長先生は、私と年一つしか違わないし、お子さんも娘と同い年。

お悔やみの帰りに、とんでもない衝撃な話に腰を抜かしそうだった。


急逝されたので、矯正歯科の従業員医師さんたちも混乱。

娘の治療が第二段階のブランケット装置をつけるのが医院存続するかも判らない中、未定になってしまい、「急ぐなら他院へ」と言われたそうです。

別の掛かり付けの歯科医師にもこの件を伝えたら、大変驚いてました。


お悔やみ帰りに訃報を聞くなんて……久々に親友に会えた嬉しさ、パパや医院長が亡くなられた驚きと悲しさ。

大変な1日でした笑い泣き


どうか安らかにお眠りください



以上