「20年ぶりの上越新幹線」

 


2024/1/23

1/20土曜日のこと。
上越新幹線に乗り、新潟県まで行ってきました。運転免許を取ってから母の実家がある魚沼へはほとんど車で行き来していて、新幹線に乗るのは確か20年振りくらいかな。勤めてたとき、新潟営業所へ出張した以来です。

上越新幹線とき319号新潟行き、東京駅11:40発、浦佐13:09着に乗車するので、家を10時出発。

乗り継ぎもよく東京駅に到着。
新幹線に乗る前、新幹線の改札口前に出張販売していて「全国お土産人気No.1」と宣伝しているバターバトラーのお菓子を、叔母さんやいとこへのお土産と、うちの子達へお留守番しているお土産に、あらかじめ買っておきました。
1/2個を2種類試食させてもらったら、バターが効いていて美味しく、納得して購入。
↓「プレミアムバターガレット」1620円
これはお高めな値段なので3番目の叔母さんの家にと、うちに。


↓「バターチョコレートフィナンシェ」1188円。
普通のバター味1088円も2箱づつ買って、うちにはチョコレート味を1箱。


↓中はこんな感じです。
荷物は車輪付きのスーツケース、貴重品を持ち歩くトートバック、礼服の入ったバッグ。それにお土産の紙袋が加わり、もう大荷物です。
車移動に慣れていると、持ち歩くことを考えないので、荷物を最小限かつコンパクトにできなくなります。スーツケースは2泊3日対応なのに、私は1泊2日しか無理~イラッ

両親、弟と上越新幹線の改札前で待ち合わせしていて、お土産を買ってから父に電話をしたら、柱1本向こうで私が買おうか迷った出張販売の「バターサンド」屋さん前にいたのを発見。
合流すると、母がここのお菓子を買っていたので、買わなくてよかったです。
父はまた特急券の切符を出して母と弟に分けて、まごまごしてます。PASMOに紐付けすれば楽なのに……。
私は「えきねっと」のアプリで新幹線の指定席を予約していて、PASMOと連携したので、切符買うのに販売機に並ばずに済みました。
PASMOで新幹線改札を通れるのは、楽々ですね。

ホームに上がると、乗るはずの新幹線が既にホームに入っていた。出発時間になってもドアが開かず、あれれ?驚き
「お待たせしました。3分遅れで発車なので、お急ぎのご乗車願います。手荷物は出発後整理して下さい。」
と何度もアナウンスしてからやっとドアが開き、乗り込んで座席に座る前に、もうドアは閉まり出発ですダッシュ
私だけ両親とは別れて、その3列前に一人で座りました。座ると、足元が広くてスーツケースも置ける広さ。しかもドアの脇には荷物置きもあるびっくり何十年振りに新幹線に乗ると、こんなにも進化して驚きです。

お土産を買う前に、ちょうどお昼時なので、お弁当は崎陽軒の「シウマイ弁当」を買いました。東京駅はいろいろな駅弁があるにもかかわらず、やっぱり間違いの無い「シウマイ弁当」を買ってしまうのです。

紐じゃなくて、ビニールで巻かれていました。
ご飯がまだ乾燥してなく、いつ食べても美味しい飛び出すハート

3列席の窓側に座ってからスマホをWi-Fiに繋げてみるも、気がつけば上野駅のトンネル内なのでなかなか繋がらない!
上野を過ぎてもまだ地下トンネルだからか、全然Wi-Fiが繋がらなくて、地上に出てからやっと繋がりました。
Wi-Fiを接続し終わって弁当を開けたら、もう大宮駅です。
あの東北新幹線にも乗ってみたい!
3分遅れも高崎で解消して、三国トンネルを抜けると真っ白な雪国雪だるま爆笑
を想像していたものの、トンネル抜けて越後湯沢に着く前から、窓に打ち付けるのは雨です。
この時期なのに、暖かくて雪ではなく雨……悲しい
実は私には悲しみの雨でした。

先週2/16火曜日、母(3姉妹1番目)はガン闘病中の2番目の叔母さんの見舞いに魚沼へ帰りました。前日、自宅療養中に容態が急変して、救急搬送されました。
母が浦佐駅に着き、迎えに来てくれた3番目の叔母さんと病院へ向かうとき、危篤の連絡が入り……。
2/19金曜日。2番目の叔母さんは、夜中に息を引き取りました。母が見舞ったあと、意識レベルが低下していき「あのとき意識があったのが最後だった」と看病していた3番目のいとこが言ってました。
その日の夕方に葬儀の日程が決まり、翌日20日通夜、21日告別式です。
祭場が23日まで取れなかったので、自宅で執り行われました。
本来なら祭場に飾る供花を部屋にたくさん並べられ、華やかに。迫力満点!
初めて目にする菩提寺のお坊さんのお経は、声が通り、落ち着いて徳のある素敵なお坊さんでした。

翌日も雨。
告別式の日は亡くなった叔母さんの誕生日です。
私は5番目のいとこと6番目のいとこのお嫁さんと受付をお手伝い。
雨の中、弔問に来たお客様は、野辺送りまでしてくださり、大勢の方がお見送りしてくださりました。
昔ながらの花輪が飾り、供花はお見送りしてくださった方々がお持ち帰り、生前叔母さんが、たくさんの方から愛されていたことが、よくわかりました。

焼き場に行きますが、ここで1番目のいとこのお嫁さん(私が勤めていたときの先輩が従兄弟と結婚)が働いています。
お姑を見送るのは辛そうでしたが、職場なので同僚の皆さんは緊張されてたそうです。
先輩の上司は「おばたのお兄さん」の叔父さん。6番目のいとこは「おばたのお兄さん」のお兄さんと同級生で、学校の先生をしているそうです。魚沼の2大スターは渡辺謙とおばたのお兄さんです。

話を戻します。
焼き場から場所を移し、お斎を料理屋さんで食べて、また焼き場に戻り、骨を拾い木箱に納めました。
魚沼は骨壺ではなく、遺骨は墓を開けてザザーっと墓の中に入れて地面に還すので、木箱でした。

叔母さん家族はお寺に行きお経をあげて、他の親戚はお留守番。
戻ってきて、告別式は終了です。

帰りの新幹線は、とき342号に乗ります。

浦佐(18時53分)→東京(20時12分)着。

またトンネル区間なのでWi-Fiが繋がらない!

越後湯沢からはスキー客が乗ってきて満席でした。越後湯沢過ぎると高崎手前までトンネルなので、耳はキンキンピリピリ大宮まで止まらないから速いわ~。


東京駅に着いて、両親と弟とは京浜東北線、私は東海道線で帰るのでバイバイして、帰路に着きました。

乗り継ぎもよく、最寄り駅に着いたら9時10分。車だと夏ならまだ環八を走ってるくらいかな。


香典返しは一般客に渡したものと、本髙砂屋のどら焼きをもらいました。

叔母さんが甘いもの好きだったから「どら焼き」です。


ご飯もお水も取れなく、痛みに耐えて、苦しかった叔母さん。

天国では安らかに。



以上