Extract from "Keichan's Blog"
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"From the diary of an animal rescue volunteer"![]()
Large majority of pets such as cats and dogs have been saved from the No-go-zone as rescue groups repeated the activity risking their lives.
Though still many of them are in the area. Now most of them distrust of humans so hard to capture.
Their condition of health seems getting worse every day.
Still, there are people that are entering the area to feed the animals through the barricades and inspections, risking themselves.
What about the farm animals?
They have been raised for meat and milk and now, they became "disused article" as they lost as the asset value. They are treated like "rubbish".
No food, no water. Abandoed with tethered their neck. Lying in the excreta, just open their eyes looking up the sky, covered with maggots, and dying...
They must have believed the owners coming home until their last moment.
Can you imagine this much hopeless death?
Is there more cruel way of death?
In addition to the announcement of "culling" by previous Prime Minister, and now, same announcement by the new Prime Minister.
I can see a poverty of mind of this country because of this unprecedented state of emergency.
The farmers that still don't accept the culling have been urged by the government.
The government abandone the animals, wait for their death by starvation, explain the owners away, drive the animals into the fence, tie their legs, inject invert soap and letting them die in great agony !
This is not "euthanize" as the government promised.
This is a "massacre" !
Some cattles are set free, walking, grazing, drinking rainwater, and live.
The government drive them into the fence, tie their legs, and killing.
Isn't there any other way?
Are cattles not allowed to live?
The government has been criticized about this from the world.
The Japanese media have been reporting a lie that "all farm animals in No-go-zone have killed".
Now, some of the farmers and private organization have started to take action.
I would like to cooperate with "Kachiku Otasuke Tai" (Help Cow) and will put my energy for saving lives.
Please look.
Please know.
Please help.
Please save their lives.
Voice of the people can move the government.
There is no needless life.
Lives must be equally honored.
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けいちゃんさんのブログ から転載です。
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「ある、犬猫ボランティアさんの日記から。」
原発20?圏内に生きる家畜を助けたい!
あの大震災からとうとう半年が過ぎました。
犬猫などのペットたちには保護団体さんたちの決死の救助が繰り返され、大多数が保護され圏内から出されました。
とは言え、それでも今なお、まだ圏内で生きながらえて、すっかり人間不信になり、人の姿を見ては逃げ回ったり近づいてこなかったりするような怖がりの子達が残されているようです・・・・健康状態は刻一刻と悪化をたどっているように見受けられますが・・・・本人(犬猫)たちが来てくれない以上、追い掛け回して捕まえるわけにもいかず・・・・日を追うごとに厳しさを増す圏内封鎖バリケードや検問の間隙をついて、せめて生きていてくれと決死の覚悟で餌を置きに入ってくださる方たちが今もいます。
運の強い子はその餌を食べ、何とか生き抜いているのでしょう・・・・
いつまで待てば埒があくのかもわからぬその日まで・・・・がんばれ・・・・・力ない応援を心の中でする以外ありません・・・・。
それでも、ペットたちに吹く風はまだ救いの香りが含まれています。
なのに・・・・家畜たちへの扱いはどうでしょう?
今はもう、産業動物としての意義をなくした彼らは、ただの自立が難しい大型動物です。
攻撃性があるわけもなく、ただただ食べるために、乳をとるためにと食べさせられ、育てられて、与えられた運命に身を任せ暮らしていた彼らは、その資産価値がなくなるや「不用品」扱いです。
産業動物でなくなった今、ある意味、やっと生き物らしい命を持つ動物としての道が開けたはずなのに、現実は「ごみ扱い」です。
水もなく、食べものなく、畜舎につながれたまま放置された牛たちは鳴きながらやがてその声も途絶え、ひざを折り、糞尿の海に体を横たえ、ただ目を空けて空を見つめ、体中をウジに食われながら最期の一瞬まで飼い主の帰宅を信じていたでしょう。
動物には相手に対して「裏切ったな」と言う感情はありません。
そんなに複雑じゃないんです。
恨んでやる、なんていう感情を持ちません。
ただただ、最後の最後まで信じ、待って、意識が遠のく・・・飢えと渇きだけが最期の感覚でしょう。
これほど絶望的な死を想像できるでしょうか?
これ以上残酷な死に方がありますか?
身動きできないように固定されているのです。
あるものは飢えの為、首が固定されていた柱をかじり、丈夫な柱は棒のように細くなって残っていました。
またあるものは、糞尿の海の中で最後の力を振り絞って子牛を生み、生まれた子牛はしばらく死んだ母牛の乳を吸って生きていたようです。
でも、母牛に折り重なるように息絶えていました。
母牛の死骸のほうが腐敗がひどかった・・・と言うことは、子牛の方が後まで生きていたのでしょう・・・・・餓死するために生まれたのでしょうか?
畜舎に固定されて死んだのは主に乳牛だそうです。
なぜなら、乳牛たちは最初から最期まで「乳を取るため」に生かされていたから、外で運動することなど不要で、乳が絞りやすいように常時固定されていたから、そしてそのため、彼女たちは畜舎以外を知らずに育ち、仮に誰かが逃がしてやろうと思って畜舎を開放しても、外に出て生きると言うことすら考えもつかなかったのでしょう・・・・・
やせ衰え、外に出ようともせずに寄り添いながらただ立ち尽くし、死の瞬間を待つようにも見えた牛たちの命の灯し火は、まだ灯っているのが不思議なほどにも見えました。
何で外に出てくれないんだよ・・・・出ていけーーーーー!
写真に向かって心をかきむしられるように慟哭する声は届きません。
ただ、その写真を写した人間を無垢な眼差しがじっと見詰めているだけ。
もうあの牛たちはこの世にはいないでしょう。
でも、あの写真の姿は私に何かを語りかけ・・・・いや、「まだかな?おなかがすいたな・・・・」動物と暮らすものの心へ、まっすぐに、動物の持つこれ以上ないシンプルな問いかけがこだまします。
「まだかな?おなかがすいたな・・・おみずがほしいな・・・・」
胸の中に、なぜか無性に凶暴な灯が灯りそうな、そんな気にすらなりました。
この、向けようのない怒りにも似たエネルギーを、今もまだ生きているだろうほかの命たちを、一つでも助けるための動きに注ぎたい、そう思います。
牛なんて触ったことはもちろん間近に見たことはありません。
ど素人です。
牛飼いにしかわからない事情もあるのでししょう。
でも、子供を生んだことも、育てたこともない人が、幼い子供が転んで泣いていたり、困って泣いていたら、どうしたんだろう、何かしてやろうか、と、そう思うでしょう?
同じだと思います。
何かできることはないのか?
ましてや、命です。
自然に生まれ、自然に消えるものならそれは自然の定めです。
でも、違うのです。
前総理の「殺処分」の声明に加え、新総理による「全頭殺処分」指示。
前総理も、おべんちゃらだったのかもしれないけれど、7月には生かせる道があるならよく検討するようにと言う答弁をしたはずなのに、そんなことはなかったかのようにかぶせるような指示。
かつてないほどの非常事態だからこそ見えたこの国の心の貧困さ、その場逃れや責任転嫁、自分だけは火中の栗を拾いたくない保身主義、金儲けに執着する亡者たち、人間として立派に生きる人はもういないのか?
・・・・そういう人は、政治などと言う嘘の塊の醜い世界から一番遠いところにしか生きられないんでしょう。
この国は撮影の大道具です。
裏側にはつっかえ棒と張りぼてでできています。
よくよく見ると全部嘘。
いまだに殺処分に同意しない畜主のところに、国から県から矢の催促だそうです。
安楽死などと言う美辞麗句に隠されたのは相当荒っぽい虐殺。
糞尿の海に横たわる牛に末期の水の一口も与えず放置し、餓死を待ち、手間を省き、その代わりにすることは、畜主をうまく言いくるめ、自発的に、畜舎から放った牛を呼び戻させ、板で囲った中に追い込み、暴れないように足を縛って、一頭ずつ鎮静剤で眠らせてなどという手間を省き、鎮静剤などなしに逆性石鹸を注入して悶死させる・・・・・!
どこが安楽死?
もし仮にあなたの愛犬が助からない病気だとしても、体を縛り上げ、鎮静剤で眠らせることなく正気の犬に、逆性石鹸を注射させて体中の穴と言う穴から泡を吹き出しながら悲鳴を上げて転げまわって悶死させられますか?
和牛たちとごく一部の乳牛たちは、少なくとも今、畜舎から放されて外の草を食べ、水道が留められた圏内で川の水や雨水を飲みながら生きて歩いて命をつないでいるのです。
それを囲い込んで縛り上げて殺す作業が加速されているのです。
仕方ないですか?
圏内の牛たちは生きてはいけませんか?
殺処分の加速には、同じ圏内近隣の住民による、飢えた家畜が敷地内や家屋内に侵入し、食べ物を探して家を荒らした、糞尿をした、家具を壊した、台所を汚した、などの苦情が多く寄せられたからとか・・・・・
飢えています、食べ物も水もありません、動物に他人の敷地や家屋がわかるでしょうか?
畜主が世話をしたいと言ってもおいそれと立ち入り許可を出してもらえません。
水道は止められており、行政は解除しないと言っています。
飢えた牛が何をしたというのでしょうか?
命をつなぐために食べ物を探した、これが死に値しますか?
許してはもらえないことですか?
生きることすら許されませんか?
悶絶しながら殺されなくてはならないほどのことでしょうか・・・・・?
殺す作業に人手が足らず、殺処分同意して処分がすんだ畜主さんが日当を得て手伝いを指示されています。
殺処分のための予算は千万単位だそうです。
これ、必要な予算ですか?
何かありませんか?
そんなにしてまで無理やり、急いで殺すなんて、その裏に何か隠していませんか?
殺したくない畜主さんががけっぷちに追い詰められてもまだがんばってくれています。
世界中からこのやり方に批判や異議が押し寄せています。
民間の有志も組織を作って家畜のために立ち上がりました。
支援も募っています。
報道では、圏内の家畜はすべて殺処分されたと言う嘘が流されていました。
そのため、まだ生きている牛や家畜がいることを知らなかった人もたくさんいました。
議員たちもそうです。
でも今、追い詰められ、窮鼠となった畜主さんたちの中に、立ち上がろうとし始めた人たちがいます。
事実の情報を出してくれ始めたのです。
そして、現実を知らなかった力ある方々も、アクションに向け動こうとし始めてくださったようです・・・・
ただ、もっと大きな力に対抗するには・・・・?
圏内の大型動物は、生きているだけで許されない存在ですか?
それはなぜ?
私は家畜おたすけ隊という民間組織に協力して、生きている命を一つでも多く生かし続けられるようにこのエネルギ-をささやかでも使いたいと思います。
見てください。
知ってください。
そしてお力を貸してください。
命を助けてやってください。
国を動かせるのは国民の大きな声なのです。
牛の寿命からいって、あと20年、今生き残っている牛を生かし続けることで、何かが見え、何かを感じ、そして何かを得ることができるはずです。
いらない命なんかない。
命は等しく尊ばれるべきものです。
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とても心にずしん、とくる日記です。
改めてこの国の狂気、心の貧しさに言いようのない憤り、絶望、恐怖を覚えます。
明らかにおかしいです。狂っています。
こんなことが許され続けている。半年経っても救ってくれない。救わせてくれない。
それどころか、まるで悪魔のように何の罪もない、無垢な命を抹殺し続ける国。
これが「先進国」でしょうか?
経済的に発展しただけで、心の豊かさ、人間として大切な部分が育っていないのではないかと思います。
人間が人間らしくあることさえ、できなくなってしまったら…
弱い者、邪魔なものは片づけてしまえばいい、という国で育った子どもたちはどんな大人になるでしょう。
いじめ、虐待、殺人…なくならないと私は思います。
動物だけじゃない。人間の問題にもつながってくるのです。
この国は、いろいろな意味で危機に瀕していると思います。
「その国の偉大さや道徳的発展は、その国における動物の扱いを見ればわかる」
マハトマ・ガンジーの言葉です。
いつの日か、すべての命にやさしい、生き物に、地球にやさしい真の先進国になれるように


みんなが自分にできることを考え、できることをしていかなければいけない、と思います。
