( ややショッキングな内容を
含みますので、
繊細な方や、お食事中などは
どうぞご注意下さいませ。 )










御魂についた傷が
癒されぬまま死ぬと

その傷を抱えたまま
また生まれてしまう…

「イティハーサ」より








辺りに弱々しく漂う
もの悲しいうめき声に
ふと、我にかえったが、

焼け爛れた瞼は
腫れぼったく塞がっていて
思うように開いてはくれない


無理やりにこじ開けた
わずかな視界からは、

暗く赤みがかったような
灰色の「もや」に
包まれた一帯が見えた。



⋯自分の目が
おかしいのか?



それとも

この地にはもう、その色しか
残されていないのだろうか?



あの色鮮やかでなじみ深い
見慣れた風景のほうが
最初から「幻」だったみたいに、

今は全てがよそよそしく
暗く黙り込んでいた。



時折あちらこちらから
チラチラッと赤く、
小さな火の手が上がるのだが

それも今は力なく遠慮がちで
弱々しく揺らめくと、
すぐ煙に代わってしまう…





己の命にかえても、
守るべきだった。

清らな神の社も、

血の繋がりを超えた
たくさんの家族たちも、

予期せず始まった戦いの末
残らず焼き尽くされてしまった。



こんな状況に関わらず
攻めて来た者たちに対する
怒りや恨みの感情は無い。

( むしろそれらに
心が占められていたほうが
良かったかもしれないが⋯ )


代わりに、

嘔き気と一緒に
こみ上げてくるのは

耐えがたい程の
後悔と自責の念、
無力感、虚無感、、、絶望。



それが纏わりつく
自分の身ごと
地面に叩きつけたくなるような
強い衝動の波が
くり返し襲って来る。

このやりきれない感情たちを
残らず吐き出し
手放してしまえば



楽になれるか?



楽に⋯

なりたいか?



そんな自問自答など
今更虚しいだけと
知りつつも。





生きる力の半分以上が
身の内から既に流れ出て、
いずれ残りも
失われていくようだが、

不思議なことに
身体の中心には、
命の「元」とでもいうのか?

キラキラと澄んだ輝きの粒子が
丸く渦を巻いているようにも
感じられた。




未だに意識が
あるのは何故か?



自分は今も
生かされているのか?



その意味は、
全くもって分からないのだが⋯




横向きに倒れていた
身体を起こそうと動くと


全身の痛みと貧血からか
一瞬のうちに
少ない視界が更に狭くなり
灰色から闇の黒に変化した。


「⋯⋯⋯」


起き上がる途中の姿勢のままで
しばらくのあいだジッと
身体からの抗議の声と
目眩がしずまるのを待つ、

そして、やっと景色が
僅かばかり戻って来たので
少しずつ上体を起こしながら
あたりを見回した時

再びあの呻き声を
聞いた氣がした。




周囲に意識を向けてやっと、
少し離れた所に
仰向けで倒れているのが
相棒と呼べるくらい親しい
幼なじみの「友」だと氣付く。



ただ⋯



個人の判別は
かろうじてつくのだが⋯

一目見ただけで
容態が相当悪いのが分かる。



(⋯もう⋯助からないのか⋯
長くはないのだろう⋯)



起こした上体を
なるべくそちらの方向に向け
今も弱々しく苦しげに呻いている
彼の肩にそっと手を置くと、
すまん、と
独白に近い言葉で詫びる。

すると、
仰向けのまま、ゆっくりと
反対側の腕を持ち上げた友は
肩に置いた俺の手を
ぎゅっと握り返してくれた。



その所作が思いの外
しっかりしている事に少し驚き
彼の顔をのぞき込むと、



見開いたままの瞳は
焦点を結んではいないのだが

まだ僅かばかりの輝きを
その内に秘めており、
傍らにいるのが私だと
分かっているのが伝わってきた。

微かにくちびるが動き
殆ど聞き取れない言葉を
繰り返すように発している。


「⋯⋯」









約束⋯か⋯




聞き取れずとも
それで、全て理解してしまう。






もうだいぶ
昔のことに思えるが、

世情に、それまでより
不穏さを感じるようになった
そんな頃だったかもしれない、



『もしも、戦いに敗れ
どちらかが深手を負った時は⋯』



あれは、

半分冗談のつもりで
笑いながら交わした
約束だった筈なのだが⋯



(もう、自分に出来ることは
そのくらいしか無いのか)



まともに起き上がることも
ままならない今の己に、
果たしてその役が
務まるかどうかさえあやしい

だが、友の最期の頼みを
引き受けないわけには
いかないだろう。



既に武器も手元には無い。

使えるものが落ちていないかと
辺りを手探ってみるうちに
何か先の尖ったものを掴んだ。

引き寄せてみると、
敵方が打ち捨てた物と思われる
なかなかに質の良い槍で
柄は折れたのか、ほとんどない。

立ち上がる力も残っていない
今の自分には、
おあつらえ向きの長さだ。

(なるべく苦しませぬよう⋯
一撃で遂げられますように)

そう祈るような心地で
槍を握ったが、

傷が深いためか
右腕に力が思うように入らず
親友の首すじに
槍先を向けようとするのだが
手の震えがおさまらない。

いっそ左手に持ち替えるか?
とも考えたが、

ふと、
思い出した。





まだ子供だった頃、
初めて弓矢に触れた日から
ずっとやり方を教えてくれた
師匠のような人がいた。

その人の弓さばきは
水の流れるように美しく
教わったことは沢山ある。


ある時、自分がうっかり
山で右腕を負傷してしまい、
弓が上手く扱えないことを
ひとりで嘆いていると、


師はニコニコと
微笑みながら

「いいじゃないか、
怪我のおかげで
余分な力が入らんから
いつもより上手に引けるぞ」

と、いいかげんな事を言う。



いかにも師匠らしい、
調子のいい飄々とした言葉に
その時はふん、と
鼻先で笑ってしまったのだが





ふと蘇ってきた
優しく懐かしい記憶に
心と口元が、少しだけ緩んだ。

結局、師のように
美しく靭やかで強い使い手に
俺は成れなかったな⋯


どちらにしろ
これが最期だ、

手元にはもう弓矢すら無いが、
師の教えを今やっと
生かせるだろうか?



一度、目を閉じ
全身の力を抜いて、
心が鎮まるのを待つ。

こうしていると何故だか

幼いころから慣れ親しんだ
この辺りの風景や、

近所の森にある、
なじみの木々たちや川の流れ、

山頂の大岩の神々のお姿が
いつも浮かんで来て
不思議に心安らぐのだった。



穏やかな日も、嵐の時も、
それらは変わらずそこに在って、

刻々と変化する天の氣すら
今になって思えば
切り離すことの出来ない
それらの一部であるようにも
感じられた。



深く傷付いた
親友の御霊も

今は荒れはててしまった、
自分の魂も

いずれは、
そこに還るのだろうか⋯?







やりきれない感情と

全部を見届ける覚悟と

「あめつち」の一部として
今ここにある、という安心感



そのすべてを
わたしは引き受けよう。






もう一度、
ゆっくり瞳を開く

その目にはもう
迷いも濁りも無い。


「⋯すまんかったな、
どうか、ゆっくり休んでくれ」


友の首すじに
そっと槍先をあてると、

静かに、ひと息で
とどめを刺す。



そして、



「もはや果たせる役もなく
授かった命もあと僅か、
与えられていたもの全てを
ここにお返しいたします。」


槍を地面から
突き立てるように持つと

それに全体重がかかる位置で
覆いかぶさるようにして
己の身を、一氣に刺し貫いた。








「!!!」




強い衝撃と
こみ上げる嘔き気で目覚める。

一瞬、ここが何処なのか、
自分が誰だったかも、
全く分からないまま
激しく咳き込みながら
わたしは思わず身を起こした。
 
全身が汗びっしょりだ⋯

頭は夢の余韻で
まだクラクラしている。



娘の習い事送迎のため
駐車場に待機していたのだが、

朝から微妙に体調が悪く、
こんな麗らかな春の陽氣に
つつまれているというのに
なんだか寒氣もしたので、

車につんであった
ありったけの衣類をかぶって
眠ってしまっていたらしい。


半日だけ熱も出ました


変わった夢だったら
本一冊分はありそうなほど
バラエティーに富んだ
夢日記が書けそうだけれど、

体感まで伴う
これほど生々しい夢は
今までそんなに無かった。





けれど、知っていた

これが「ただの夢」
ではない事も。



あの場所で
祈りを捧げてから
ちょうど7日目

土地に遺っていた記憶は
今生、解き放たれて、
持ち主のもとに戻ってきた。

長いあいだ欠けていた、
わたしの一部だったもの⋯

やっと本当の意味での
供養ができるのかもしれない。

わたしが無意識に
みぞおちを手で隠す癖も
そのうち無くなるだろうか?

過去生から
持ち越してきたものは
意外とあるのか?




興味深かったのは、
夢の中に出てきた親友を
今生でも知っている、という
感覚があったこと。

小学生時代からの友人で、
県外にいるのだが
今でも交流は続いている。

今生では、
わたしも彼女も「女性」
というのが、なんとも面白い。

二人とも、もう戦には
関わりたくはないらしい。

悲しい約束も、
もちろん交わしてはいない。










2023.3.28 の夢をもとに、
幾分かの美化、脚色を加えて
物語にしたものです。