●「じゃあまた明日」明日も会えるとは限らない
ごきげんよう。
大和(やまと)ももです。
ちょっとつらい話をさせてください。
今日、早朝に友人から連絡が入り、大切な人が亡くなったことを知りました。
ごきげんよう、なんて言ってる場合じゃないと思われるかもしれません。
私がいつもごきげんようとご挨拶するのは、あなたがご機嫌でいてほしいという気持ちからです。
だから、どんな時も挨拶は「ごきげんよう」。
そう学生時代に習ってからは、私のではなくあなたのご機嫌がよかったら嬉しいという気持ちで使っています。

その訃報を聞いてから、固形物が食べられず、一日水分だけで過ごしていますが全くお腹は減りません。
今も、その人の死を思うと動悸と震えがとまりません。
訃報を聞いた早朝も、ガタガタと震える自分を抱き締めて、どうしたらいいか分からず座り込んでいました。
起きてきた主人に「ぎゅっとさせてください」とお願いして、その腕に抱きついて初めて涙が出ました。
泣きながら朝食とお弁当を作り(何を入れたか、記憶にない)主人を送り出し、娘を駅まで送って、告別式に参列する準備をしました。
告別式ではあまりに突然の別れと、その若さに、悲しみよりも驚きや、戸惑いの方が多く感じられました。
私がその人に最後に会った日のことを考えると、自分を叱り飛ばしたくなります。
ひどいことをしたわけではないし、どちらかというと穏やかな時間だった。
ただ。
また次に会えると私は思っていた。
もっと一言ひとこと、丁寧に大切に、その会っている時間をいつくしむことができたはず。
ご相談をいただく方とお話する時は、次はないかもしれないと思って、私は全力でお話しています。
その方がまた私にカウンセリングを依頼してくださるとは限らないから。
一期一会だと思って、話しています。
あなたは、つい自分の周りの、特に近しい人に対して、無意識に接していませんか。
夫、子ども、親、きょうだい。
私も、その距離が近ければ近いほど、簡単に言うと「雑」に、対応してしまいがちです。
「また明日」と言って別れた人に、必ず明日会えるとは限らない。
「いってらっしゃい」と送り出した夫や子どもが、必ず無事に帰ってくる保障はどこにもない。
学校から帰ってきた娘とハグし、仕事から帰った主人に「おかえりなさい。今日もお仕事ありがとう」と伝えられる幸せ。
帰ったと思ったら「飲みに行くから送って」と主人に言われても、ニコニコしながら夕飯にラップをかけ(私が明日食べる)、「楽しんで来て~」と車で送っていけました。

しばらく心にポッカリと空いたこの痛みと暮らしていきます。
毎日の「普通の日常」に感謝を忘れず。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ごきげんよう。また明日。
ごきげんよう。
大和(やまと)ももです。
ちょっとつらい話をさせてください。
今日、早朝に友人から連絡が入り、大切な人が亡くなったことを知りました。
ごきげんよう、なんて言ってる場合じゃないと思われるかもしれません。
私がいつもごきげんようとご挨拶するのは、あなたがご機嫌でいてほしいという気持ちからです。
だから、どんな時も挨拶は「ごきげんよう」。
そう学生時代に習ってからは、私のではなくあなたのご機嫌がよかったら嬉しいという気持ちで使っています。

その訃報を聞いてから、固形物が食べられず、一日水分だけで過ごしていますが全くお腹は減りません。
今も、その人の死を思うと動悸と震えがとまりません。
訃報を聞いた早朝も、ガタガタと震える自分を抱き締めて、どうしたらいいか分からず座り込んでいました。
起きてきた主人に「ぎゅっとさせてください」とお願いして、その腕に抱きついて初めて涙が出ました。
泣きながら朝食とお弁当を作り(何を入れたか、記憶にない)主人を送り出し、娘を駅まで送って、告別式に参列する準備をしました。
告別式ではあまりに突然の別れと、その若さに、悲しみよりも驚きや、戸惑いの方が多く感じられました。
私がその人に最後に会った日のことを考えると、自分を叱り飛ばしたくなります。
ひどいことをしたわけではないし、どちらかというと穏やかな時間だった。
ただ。
また次に会えると私は思っていた。
もっと一言ひとこと、丁寧に大切に、その会っている時間をいつくしむことができたはず。
ご相談をいただく方とお話する時は、次はないかもしれないと思って、私は全力でお話しています。
その方がまた私にカウンセリングを依頼してくださるとは限らないから。
一期一会だと思って、話しています。
あなたは、つい自分の周りの、特に近しい人に対して、無意識に接していませんか。
夫、子ども、親、きょうだい。
私も、その距離が近ければ近いほど、簡単に言うと「雑」に、対応してしまいがちです。
「また明日」と言って別れた人に、必ず明日会えるとは限らない。
「いってらっしゃい」と送り出した夫や子どもが、必ず無事に帰ってくる保障はどこにもない。
学校から帰ってきた娘とハグし、仕事から帰った主人に「おかえりなさい。今日もお仕事ありがとう」と伝えられる幸せ。
帰ったと思ったら「飲みに行くから送って」と主人に言われても、ニコニコしながら夕飯にラップをかけ(私が明日食べる)、「楽しんで来て~」と車で送っていけました。

しばらく心にポッカリと空いたこの痛みと暮らしていきます。
毎日の「普通の日常」に感謝を忘れず。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ごきげんよう。また明日。