『EVER FAITHFUL』
レジィーナロマンティコの秋冬コレクションの今シーズンのテーマで、「大いなる信仰」というメッセージが込められています。
大いなる信仰とはどういう意味があるのでしょうか?
「信仰」と「宗教」は違います。
もちろん特別な宗教があっても構いません。
自分にとって心から信じる大いなるもの。
それを「神」と呼んでも良いでしょう。
キリスト教徒であれば「主」と呼ぶ人もいるでしょうし、「観音さま」「女神様」「マリア様」「ご先祖さま」「アラーの神様」「宇宙」、、、
村上和雄先生は「サムシンググレート」と呼ばれていました。
私達はなかなか大いなる存在を信じることができません。どこかで疑っています。
私たちのご先祖様達は、見えない存在との繋がりを深く持っていました。
それは「信じる」という言葉を越えて、
当たり前のことだったようです。
精霊と話しをしたり、植物ともコミュニケーションをとったり、、、
日本に限らず、昔の人たちは、見えないものとの繋がり方が、今の私たちとは、全く違っていたようです。それはエドガーケーシーのリーディングの中にも沢山出てきます。
例えば、昔の人は、自然と繋がりコミュニケーションを取ることで、必要な分のお米や野菜を収穫することができていたようです。
しかし、神との繋がりを断ち切られてしまった私たち現代人は、その土台を揺るがされ、根無草のようになってしまっています。
大いなる存在やご先祖様との繋がりは、私達の揺るぎない土台となっていたのです。
私たちが感じる潜在的な不安は、大いなるものへの疑いの分だけ強くなります。
もし、神様との繋がりを100%信じることが出来たら、私達に不安はありません。
そして、100%信じるということは、信じることを越えて、「そのものになる」ことに繋がります。「信じる」という言葉の対の言葉は「疑い」です。
私達は皆「霊」の存在です。
いつも大いなる存在に見守られ、その配慮の中で生きていることを心の底から信じることができたら、私達の人生は全く違うものになります。神様の愛をしっかりと受け取って、命を輝かせて生きていくことができるようになります。
「かけるなら100%かけましょう!」
エドガーケーシー協会会長の光田先生は、いつもそう仰います。
「80%信じて、20%疑っている。」
「半分信じてるけど、半分信じていない。」
そんな方が多いのではないかと思うのです。
しかし、そんな不合理な話はありません。信じるなら100%信じること。
少しの疑いが土台を揺るがすことになります。
私は幸せなことに、一生を通して神様の奇跡を感じながら生きてきました。そのお話はブログにも一部書かせていただいています。
不思議な体験や不思議な人達との出会い。
それは不思議ではなく当たり前のことだったのです。神様の辛抱強いコミュニケーションを通して、私は信じる心を育てていただきました。
そして、今、「信じる」を越えた世界にようやく辿り着かせていただいてるような気がしています。
「大いなる存在との繋がりを取り戻し、揺るぎなき土台を持って生きていくこと。」
それが、今回のコレクションのサブテーマでもある
「たゆたえども沈まず」に繋がっていきます。
どんなに揺らがされても沈まない強い土台が、人生をより豊かで可能性に満ちたものにしてくれます。
最近になって、これまでに私が経験した奇跡や出会いは、多くの人の「信じる心」を育てるお手伝いをする為だったのだと気がつきました。
これからは、ひとりでも多くの方々に、私達が魂の存在であることを伝え、大いなる存在を信じる心を育てるお手伝いをさせていただければと考えています。






