愛媛のヘビグラファー
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モカまったり 森本です✨
「成人の日」として祝日はありますが、
成人式は自治体によって様々ですね。
二十歳と言う節目、おめでとうございます(^^♪
現在44歳の森本にも成人式はありましたw
まだ1月15日だった頃ですね。
母親が成人式のために積み立ててくれた貯金で
着物を前々から選び
朝一番に美容室を予約し着付けをしてもらい
そのまま、歩いて街の写真館へ
写真は、よくある大きな2枚組を作りましたね
オプションで何故かテレフォンカードを作りました
(今だとプレミア感
)写真館からそのまま、成人式会場まで歩いて行きました。
朝の美容室からここまでずっと母は着いてきていましたね・・・
成人式の記憶で、私に今残っているのはこれくらいかな?
後日、出来上がった晴れ姿の写真を
母が引き取ってきてくれました。
そして、その写真を持って
近所の知り合い宅を何十軒も見せて回ったそうです。
「うちの子可愛いやろ~べっぴんやろ~
大きくなったやろ~」
とっても嬉しそうにしていたそうです。
このとき、皆が感じたのは母が激ヤセしていたこと・・・
実は、成人式の日には母が手術入院することが決まっていました。
父も母も病気の内容については、一切教えてくれず
2月の頭に入院、手術をしました。
開腹して癌が胃の大部分を蝕んでいることが発覚
余命半年 と宣告されました。
流石に、その場に居られなくなり
廊下の誰も来ない場所で泣き崩れるしかありませんでした。
もっと長生きしてほしい。そう思っても遅かった。
病状は回復したようで大部屋に移ったが
すぐに個室に戻り痛い痛いと辛い日々が続き
そして、自宅に帰ることもなく余命半年なんて嘘じゃん!!
2月の終わりに、母は私の前から居なくなってしまいました。
成人式の思い出は、母が私をどれだけ愛していたかを
思い出す日でもあり、命日が近づいてくる日でもあります。
19歳の冬は悲しみに包まれていた時期でしたね。
私は、父が32歳、母が30歳の時に産まれた一人っ子です。
49歳で亡くなった母・・・
だんだん近づく自分の年齢
母といた時間よりも居ない時間のほうが長くなった時のショック
自分の体が、もしかしたら母と同じようになるかもしれないという不安。
ちょっとだけ考えます。
もし母が生きていたら、私の人生は違っていたかもしれない。
早くに子供を持って、母に孫の面倒を見てもらっていたかもしれない。
義母が病気になった時に思ったんです。
赤ちゃんが出来ても、私には頼れる女性の親族が居ないって

アラフォーになると女性にしか相談できない体調不良もあるしね。
ま、うちは内容は分からなくても
旦那さんがいたわってくれるので
体調不良とのお付き合いは出来そうです。
成人式は、自分の身体を見つめ直す
そんなモカまったりです。
