①人生を楽しくするチカラは、ちゃんと「私」のなかにある。 | モテたら何か、困ることでもあるの?

モテたら何か、困ることでもあるの?

元ダサ子出身で現役アニヲタスピリチュアリストで元女優という異色の経歴・経験・能力の持ち主だからこそ伝えられる、全方位から「オンナ前」「モテ」の女神になる魔法のメソッド
private salon Cunte(キュンテ)奈々♡のブログ

 

 

幼少期より、持って生まれた
スピリチュアルな能力の強さに悩み、
元引きこもり&不登校のダサ子出身で、
365日中5日しか
外に出れなかった経験もある
 
現役アニヲタスピリチュアリスト
元女優という
 
異色の経歴・経験・能力の持ち主
だからこそ伝えられる
ノウハウや「魅せ方」がある♡
 
 
まじかるクラウン世界初まじかるクラウン
 全方位から
「オンナ前」の女神になる
魔法のメソッド
 楽しく公開中
 

 

 

 

‟スピリチュアル”と‟リアル”の壁を取っ払い、
その両方からアプローチ!
 
あなたの世界で
圧倒的な「私(主役)」であれ!をモットーに、
トータルで魅せ方を伝授する
 
 
スピリアルプロデューサー
 略して SP奈々ですはーとt

 

 


 
 
 
本題に行く前に・・・♡
 
 
 
関東にお住まいの方に
耳より情報!✨
 
 
 

わたしのこのブログでもたびたび

勝手に紹介させて頂いている

 

 

ぴあり

 

 

この記事でおまっ!♡

 

 

 

9月30日(水)まで

 

横浜の上大岡駅にある
 
京急百貨店3F 婦人雑貨売り場
【オゥマルシェ】インマルシェ1
催事出店してるんだってお願いキラキラ

 

 

わたしのブログを読んで

ぴありが気になっていた

関東にお住まいの女神様ハート

 

 

直接商品に観て・触れられるチャンスなので、

近くに行かれた際やお時間ある方はぜひぜひ^^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どーも、
わたしですはーとt

 

 

 

 

 

 

 

①人生を楽しくするチカラは、ちゃんと「私」のなかにある。

 

 

 

 

 

 

お家で「ダルゴナコーヒー ペットボトル 簡単」作って遊んだ!✨

 

 

 

 

 

あの~、わたしね、

 

 

幼少期に起こった

 

 

両親との

ほんの些細な出来事をキッカケに

 

 

「自分は愛する人に

選ばれない・選んでもらえない

人間である」という

 

 

 

思い込み、設定、ルールを

結構長いあいだ

ずーーーっと持ってたのね。

 

 

(あ、別にその思い込みや設定が

悪いと言いたいわけではありませんし、

 

その思い込みや設定があったって

しあわせになれるし、

しあわせになっていいからね♡

 

わたしはこんな思い込みを持ってたよ~。

って話がしたいだけだからね~^^♡)

 

 

 

で、それプラス、

 

 

 

たびたびブログにも書いてて、

以前書いたこの記事でも

ちょろっと触れてるんだけど、

 

 

 

小学生の時と中学生の時に

大好きだった祖父を

立て続けに亡くし、

そのショックから

人がヒトに見えなくなり、

(自分も含む)

 

 

最初はヒトのカタチをしてるんだけど、

次第に皮膚が焼け爛れ、

肉塊がボトボトと焼け落ち、

しまいにはゾンビのようになり、

最後には骨だけになる。

 

っていう状態が

20歳過ぎまで続いてて、、、

 

 

 

 

 

しかも幼少期の頃のわたしは、

 

 

一年に一回大きな怪我をしたり、

原因不明の病気にかかったり、

 

 

カラダも弱く、

たびたび入院していたんだけど、

 

 

 

わたしが入院するたび

よくお見舞いに来てくれていた

おじいちゃん(母方の祖父)が、

 

 

 

実は、ガンを患っていたにも関わらず、

自分の大事な検査をほっぽって

わたしのお見舞いに来てくれていたことを

おじいちゃんが亡くなった後に知ってね、

 

 

 

 

 

で、その事実を知った

当時のわたしは、

 

 

 

おじいちゃんが

お見舞いに来てくれることが

うれしいと喜んだ過去の自分を、

 

 

何も知らなかった自分自身を、

 

 

自分のケガや病気を、

 

 

 

これでもかと責めました。

 

 

 

責めて、責めて、

責め続けました。

 

 

 

その結果、

その当時のわたしは、

 

 

 

多感な時期ということも重なって

祖父との別れを上手く受け止められなくて、

 

 

 

『わたしが大好きな人、愛してる人は、

みんな、わたしのそばから

居なくなってしまう。。。

 

こんな悲しい思いをするくらいなら

わたしは好きな人を作ることも

誰かと深く関わることもしないでおこう。

そうやって一人ひっそりと生きていこう。』

 

 

 

そんな思いと

 

 

 

「自分は愛する人に

選ばれない・選んでもらえない

人間である」

 

 

こんな思い込みを

自分の根底意識に持って、

10代20代を生きていました。

 

 

 

 

で、今、その意識は

ほとんど無くなったように

思っていたのだけれど、

 

 

 

 

本当はただ見ないようにしていただけで

きっとずっとどこかで

尾を引いていたんだろうね。

 

 

 

 

数日前、

こんな不思議なことが

わたしの身に起きました。

 

 

 

 

その日は前日から

なんだか珍しく

気持ちがぺシャンと凹んでいて、

 

 

 

「まぁそんな自分も大好きだし居ていいよ~♡」

 

「わたしのなかに生まれた

この感情を見てみぬフリするんじゃなく

ちゃんと味わってあげよう」

 

 

そう思って味わってたの。

 

 

 

そしたらね、

コイツが出て来たのさ

 

 

 

 

↓↓↓

 

 

「自分は愛する人に

選ばれない・選んでもらえない

人間である」

 

 

 

ちょっと自分でもビックリしたわ。🤣w

 

 

 

 

 

だってね、基本、

 

「わたしの人生はわたしが選ぶし、

 

パートナーだってわたし(自分)が選ぶ✨

 

いつだってわたしが選ぶ側」

 

と思ってるし、

そのスタンスで日々過ごしてるし、

 

 

 

なんなら

 

「え?わたしが選びたくなるオンナの基準でしょ??

 

だって一緒に居てこんなに楽しい極上のオンナ

どこ探しても他に居なくない??✨

 

‟現実”と‟基準”が付いてくる側、

追いかけてくる側でしょ??♡」

(バチコーン!☆ウインク)

 

 

くらいの勢いで

普段生きてるもんで←

 

 

 

 

 

 

「久方ぶりの世紀末

泣けと言われて僕は笑った」

(なんで名探偵コナンの初期の頃のOPを急にぶっこんだんや)

 

 

ってくらい

久方ぶりのものだったからさ、

 

 

 

 

マジで

ズッキュンバッキュン

ずんぐりむっくり、

いんぐりもんぐりだったわけですよ。

 

 

 

 

 

 

↑「ずんぐりむっくり」と

 

↓「いんぐりもんぐり」で検索した結果

 

 

 

 

 

で、わたしは、

 

 

その感情と感覚を

ちゃんと受け止め、

受け入れた上で、

 

 

仰向けでゴロンと寝転び、

目を閉じ、胸に手を当てて、

 

 

 

わたし自身に

こう訊ねてみたの。

 

 

 

「ねぇ、本当にそうなの?

 

わたしのなかに大好きな人、愛する人に選ばれた記憶って本当にないのかしら?

 

わたしは本当に大好きな人・愛する人を不幸にする存在かしら??

 

よく思い出してみて♡」

 

 

 

 

 

そしたらさ、

わたしにもちゃんとあったのよ!

選ばれた記憶がっ!!!

 

 

 

「わたしは選ばれない」って

思い込むキッカケになった出来事よりも前に!!!

 

 

 

わたしはちゃんと

「選ばれる」を経験してたの!!!

 

 

 

 

経験済みだったの!!!!!!!(笑)

 

 

 

 

それはさ、

 

 

 

上に書いた

おじいちゃん(母方の祖父)とのエピソード。

 

 

 

おじいちゃんは先に書いた通り

ガンだった。

 

 

 

 

しかも末期の。

 

 

 

 

だけど、

 

 

 

わたしの思い出、

記憶のなかのおじいちゃんは、

いつだって笑顔だった。

 

 

いつだって、

お日様みたいに笑ってた。

 

 

 

 

「わたしのところに来ないで

ちゃんと検査に行ってたら

おじいちゃんは、

もっと長生きできたかもしれない。」

 

 

 

そんなふうに思って

自分を責めたこともあったけど、

 

 

 

 

わたしは

おじいちゃんにとって、

 

自分の検査や

 

 

自分の命、苦しさよりも

 

 

優先したい存在で、

愛しい存在だったんだ。

 

 

 

って

 

なぜだかこの日、

 

不思議なくらい

何の疑いも、引っ掛かりも無く、

自然とそう思えたんです。

 

 

 

 

 

ホント、「すとん」と。

 

 

 

 

 

現に、

わたしの病室に

お見舞いに来てくれていた頃、

 

 

おじいちゃんのガンは

既に全身に転移してて、

余命宣告されていた年齢を

実は、とうの昔に過ぎてたんだよね。

 

 

 

 

 

 

昔ね、塞ぎ込んでいるわたしに、母が、

こんなことを言ってくれたことがある。

 

 

「おじいちゃんは奈々がいたから

あれだけ長生きできたんだと思う。」

 

 

 

その当時のわたしは、

 

 

わたしを慰めるために

こう言ってくれているんだ。と、

 

 

そう受け取ってしまっていたし、

そう思い込むことによって

たくさん救われていたのだけれど、

 

 

 

よくよく記憶を辿って思い出してみると、

 

 

わたしが生まれるからと

わたしの実家近くにわざわざ引っ越してきて、

 

 

いつも果物やら本やらを

わたしと兄に買って

プレゼントしてくれてた。

(なんなら「おじいちゃんちでリスを飼いたい!」という

マジで突拍子もないお願いまで叶えてくれてたw)

 

 

 

おじいちゃんの世界は、

いつだってわたしを中心に

回ってたんです^^

 

 

 

そーやって

記憶の紐を、ただ静かに、

一つ一つ辿って行くなかで、

 

 

 

自分の命や自分のカラダよりも

わたしを優先してくれた

(選んでくれた)人が

わたしの世界には確かに存在していて、

 

 

 

わたしはその人から

これ以上ない愛情としあわせを

たくさん注いでもらっていたことを。

 

 

 

わたしはそのときから

「わたしは居るだけで

大好きな人をしあわせにしている」を

叶えていたことを。

 

 

 

なんなら、

わたしはただそこに存在しているだけで、

愛する人の寿命まで伸ばしちゃう

ミラクルまで起こしていたことを。

 

 

(まぁ、↑これに関しては、

おじいちゃんがただただ天寿を全うしただけだろうけど、

 

わたしの世界だ。

 

わたしが受け取りたいように受け取って、

感じたいように感じるとしよう。w)

 

 

 

 

 

わたしは今の年齢になって、

 

というより

 

「今の自分に戻って」

 

ようやく気付くことができたのです(*^^*)

 

 

 

 

記憶のなかの

 

 

当時見れていなかった

もう一つの側面から

覗いた過去。

 

 

 

そこには

まぶしいくらいの輝きと

おじいちゃんの優しさと愛が

たくさんたくさん詰まってた。

 

 

 

そちら側から観た過去は、

 

 

 

決して

悲しくて悲痛な過去(物語)なんかじゃなかった。

 

 

 

 

 

もうさ、もうね、

涙が止まらなくなったさ~~えーん

 

 

 

 

だってさ、だってね、

この「気付き」を経験したのが、

 

 

9月21日の敬老の日

 

 

だったんだもの!!えーん

 

 

 

 

 

本来おじいちゃんが

労わられるほうなのに、

 

 

 

わたしのことが大好きで大好きで

愛しくてたまらないから

 

おじいちゃん、

凹んでるわたしのこと、

ほっとけなかったんだろうなあ^^✨

 

 

 

そのことに気付いたとき、

うれしくてうれしくて、

涙がポロポロポロポロ溢れて

止まらなかった。

 

 

 

 

何一つ、

過去に起こった出来事は変わってない。

 

 

 

 

だけど、

 

 

「私が」その起こった過去や出来事をどう捉えるか

 

 

「私が」どんなフィルターを通して観るか、

 

 

「私が」どんな世界観で生きているか

 

によって、

 

 

 

 

 

わたし達は

 

 

自分のこれからの人生を、

 

自分が歩んできた道を、

 

 

 

悲しい物語にも、

 

 

優しさと愛溢れる

しあわせな物語にも、

 

 

無理ゲー(と感じる)物語にも、

 

 

楽しさ溢れる物語にも、

 

 

いかようにだって

変えることが出来るし、

 

 

 

そのチカラをちゃんと持って

生まれて来てる。

 

 

 

 

人生を楽しくするチカラは、

ちゃんと「私」のなかにある。

 

 

 

 

 

うん。

 

ちょっと長くなるから

次回に続くけど、

 

今日は上の↑これだけ

覚えてくれてたらそれでいいや^^♪