子どもに
「YouTube見たい」
と言われた時。

 

 

以前なら、

「ダメ!」
「もう終わり!」
「何回言ったらわかるの!」

と強く止めていた。

 

 

 

 

でも、自分の関わり方を見直す中で、

「私は厳しすぎたのかもしれない」
「子どもをコントロールしようとしていたのかもしれない」

と気づくことがあります。

 

 

ここまでは、

とても大切な変化ですよね。

 

 

けれど今度は、
言いすぎるのが怖くなって、
何も言えなくなってしまうことがあります。

 

 

 

怒らなくなったから、前よりは楽。

でも、心の奥ではどこかモヤモヤしている…。

 

 

 

それはきっと、
本当はどうでもよくなったわけでは

ないからなんですね。

 

 

 

 

 

 

長時間YouTubeを見続けることへの心配もある。

寝る時間が遅くなることも気になる。

やることが後回しになるのも、
親として見過ごしたいわけではない。

 

 

けれど、

 

 

「また言いすぎてしまうかも」
「また子どもを押さえつけてしまうかも」

そう思うと、言葉が止まってしまう。

 

 

その結果、

強く言うか?
何も言わないか?

この究極の二択の間で

迷子になってしまうことがあるんです。

 

 

 

これは、子育てだけの話ではないんですね。

 

 

 

夫に相談しても

思ったような返事が返ってこない時、

「やっぱり話しても無駄かも」
「自分でやった方が早い」

心が閉じてしまうことがあります。

 

 

ママ友や職場でも、
本当は関わりたいのに、
傷つくのが怖くて

自分から距離を取ることがあります。

 

 

 

責めたくないから言わない。

関係を悪くしたくないから聞かない。

傷つきたくないから諦める。

 

 

でも本当は、
関わりたくなかったわけでは

ないこともあるんですよね。

 

 

 

 

子どもにYouTubeを見たいと言われた時も、

「私はここが心配なんだよ」
「あなたはどうしたいと思っている?」
「どうしたらお互いに納得できそうかな?」

 

 

そんなふうに、
押さえつけることと、

引いてしまうことの間に、
関わりながら考える道があります。

 

 

 

怒りたくないと思うことも自然だと思います。

でも、その先にある
「では、どう関わるのか」
というテーマも同じくらい大切だと思うのです。

 

 

 

あなたは最近、
言いすぎるのが怖くて

言えなかったことはありますか?

 

 

本当は関わりたかったのに、
諦めたこと
はありますか?

 

 

責めるための振り返りではなく、

「私は本当は、どう関わりたかったんだろう」

そこを見ていくことが、
次の関わり方を選び直す入口

なることがあります。

 

 

5月後半は、
この「人との関わり方」について、
少しずつ深めていきますね。