心は果てしなく荒む力がある。 |  運命学問研究家 檜原有輝

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運命学問研究家の檜原有輝です


冷たい強風が身体の芯まで凍らせます~本当に寒い明日、雪が積もっていたりして凍結などもあり得るので、事故には充分気をつけてくださいね。


事故と言えば……今日はナースデイで出勤する朝、自転車と自動車の衝突を正面から目撃さほどスピードは出ていなかったのですが、それでも自転車はグニャッとくねり曲がり…自転車側の人は大きく吹っ飛んでいました。


不幸中の幸いながらも、怪我をされた方は意識があったので良かったです。
でも…車道の真ん中で、うねるような運転をしていた自転車は、かなり不自然でした。痛がっている本人をよそに、事故を起こした側の運転手も、周囲にいた人たちも。。。なぜか動揺の気配は見られず。


これは、、、俗にいう当たり屋か?


あまり治安が良いとは言えない場所でもあり…職場スタッフに聞いてみると、あるある話を思いのほか知ることになり、ちょっと驚きでした。


あくまで想像なので、本当に不慮の事故ならばお気の毒。
しかし、もしも当たり屋なら、、、ちょっと不愉快


自分の身体を犠牲にして、わざわざ当たるのも痛かろうに…打ち所が悪ければ
もしかしたら死ぬかもしれないのに。いくらお金のため。生活のため。生きていくためであったとしても、、、そんな事して何が楽しいのだろう


人の心というのは、実はどこまでも意識をもって荒み続けることができます。被害者であっても、加害者であっても、それは立場は関係なく、どこに正当性を持ってくるかは人それぞれ。


運が良くても、悪を選ぶかもしれない。
運が悪くても、善を選ぶかもしれない。


どうやって持っている運を活用するかは、自分次第なんですよね。


運が良くても、犯罪をうまく抜ける生き方をする人もいる。
運が悪くても、その経験を人のために役立てる生き方をする人もいる。


実は「運」と「環境の選択」は同じではないのです。


その時に選択したものは、もちろん自分の人生に反映される。

自分は正しさを主張したいたはずなのに。愛をもって生きていたはずなのに。いつの間にか…なぜ?こんなことになったのだろう?そんなこともあるはず。

最初は誰かを守るためにやっていたはずなのに…とまるで「Nのために」のドラマのように、すべてにおいて、やり過ぎると何が正義かわからなくなっていたりします。


ハッキリとしていることは【今のこの結果】は
自分の選択の結果でもある。ということです。

まさか。自分だけは大丈夫。
いえいえ。人は心を荒むための力も強くエネルギーを向けられるのです。

そんな驕りに気づかなくならぬよう。
日々振り返り、気をつけたいものです


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