自分が背負うべきもの。 |  運命学問研究家 檜原有輝

 運命学問研究家 檜原有輝

わたしの使命は 「伝え続けること」

いま、診療所で
週に二回働いています

そこは看護師が良く辞めるんです。

原因は医師。

看護師さんをよく怒鳴るんです。
だから、人がどんどん辞めていく。


わたしもよく
怒鳴られるんですが、、、(^▽^;)
 
なぜ、この人(医師)は
こんなにも怒鳴り続けるのか。


ふと思ったんです。


診療所で散々、怒鳴られた日は
(毎回ですが)

なぜか家に帰ると
私は子どもに怒鳴らないようにする。

それは、
自分が怒鳴られたから=嫌だから
自分がされたことを人にもしないでおこう。


まぁ、、、
そんな単純な理由もありますが

他にも理由があります。


診療所の医師は
看護師さんに怒鳴り続けるときに
こう言います。


「僕は怒っているんじゃないからね。

仕事を円滑に進めるために
仕事をきちんと覚えてもらうために
必要なことを注意しているだけだから。

誤解しないでね」



と、、、、(^▽^;)


まぁそれは理解できます。

確かに
そのお医者さんはしっかりと
仕事をしているので

仕事ぶりを見ていれば私もきちんと
仕事をしなきゃなと学ぶことも多々あります。




しかし、同時にこうも思います。


ああ、この人

自分で背負うべきものを一人では
抱えきれないから看護師に(まわりに)
八つ当たりするんだなぁ。


と、、、


なんだかそう思うと
ふと自分も子どもに怒る時に
同じこと思うよなぁと気づいたんです。


この子のために。
この子がきちんと育つために。
この子が社会に出て困らないために。


でもね。
そんな大きな大義名分を盾にして
自分の不安や余裕のなさを
子どもにぶつけていることって
明らかに不当な正当化ですよね、、、


きちんと育たなければどうしよう。
社会に出て困ったらどうしよう。


そういう、、、不安は
自分の中でどんどん膨らむ。
他人が見えない世界での話です。
わが心の中の問題ですから。


子どもを信用する云々の前に
母親ならではの不安に
押しつぶされそうになるんです。


人間だから不安になるのは当然だけど
これは大人の都合であり
子どもに関係ないですよね。


大切なことを大切な人に
教える伝えるためには
やっぱり怒鳴ったり、怒ったりするより
冷静に教えることが必要なんだと。



診療所の医師は良い医師だと思います。
でも、いつまで経っても人望を得られない。

それは
自分の背負うべき荷物と
他人に背負わせる荷物を
区別できていないから



それに気づかない限り
なんで皆!わからないんだ!
僕は正しいことを言っているのに

そんな風に
人が離れていく理由に気づかない。

自分のキャパシティの狭さに気づいて
自らを改善しないと人間関係は空回り。
思うようにはなってくれないでしょう。




親という仕事も同じ。
我に置き換えて考えてみました。


母親が背負うもの。
恐ろしいくらい不安要因ばかりです。


でも、
それがなんであるか、どれだけ重いか。


子どもは陽気で好奇心旺盛なので
関係ありません。


まぁ、私の場合は
それにイラッとすること多々あって(笑)
子どもの言動行動にヒヤヒヤものです。


自分の限界値低さに
起こるかどうかわからない不安要因に
怯えてしまうこともありまして、、、


それを背負えないあまりに
子どもや夫に
ぶちぎれたり八つ当たりするのは
やっぱりお門違いだなぁと( ̄ー ̄;




改めて
自分の背負うべき荷物の大きさを知る。
背負えないものはとりあえず
よっこらしょ!っと下ろさないとなぁ…
┐( ̄ヘ ̄)┌


そして
荷物をたくさん背負う時のために
自分の器の容量を大きくする努力をする。




えへへへっ…(。A。)!!!



「他人のふり見て我がふりなおせ」
で、、、いいこと気づいたな~と
思いながらも( ̄ー☆



やっぱりわかっていても
また、、やっちゃったヽ(;´ω`)ノ !と
なってしまう毎日。。。


気づくと気づかないではかなり違うから
気をつけたいです(→o←)ゞ




皆さんはいかがですか?



ふとイライラしたとき。



それは誰かに
背負ってもらうべき荷物ですか?

それとも
自分が背負うべき荷物ですか?



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