定期的に
やってくる宗教のひと。
専業主婦じゃないときは
お話しする機会がなかった。
一生けん命の中申し訳ないけど
やっぱり正直、少し面倒くさい。
このままガチャンとドアを
閉めてしまいたい。
しかし、
個人的には
宗教そのものの学問は
良くも悪くもただの学び
だと思うから害はない。
団体はややこしいことが多いから。
宗教の方
「命というものは
意味がおありとお考えですか?」
わたし
「あるよなないような…
感じですかね」
宗教の方
「私も神を知らないときは
そう思っていたのですよ……」
わたし
「なぜエホバなんですかね?」
宗教の方
「まぁ~とてもいい質問を
ありがとうございます。
そうやってズバッと言って
くださって気持ちいですわ~」
ははは。
笑っておくべき?だよね。
門前払いも臆しない方々。
どんな意見でも
話しをしてくれるということが
この方たちは
意味のあることになるのだ。
宗教の方
「宇宙にたくさんの生命体が…
それはエホバが…」
わたし
「神秘的ですよね…
それはエホバなんですかね。
エホバじゃないと
駄目なんですよね?」
スルスルと
この口が言ってしまう。
答えに切れるどころか
宗教方たちは
ウキウキして
テンションあげだす。
子どもも
後ろでテンションあげだす。
「はよご飯食べなさい」
とわたしに言われて
しぶしぶ向こうへ行く子供。
宗教の方
「子どもさんの名前も
意味があるんですよ」
わたし
「しってます。名前や数列や
宇宙の神秘も
宗教も興味あります。
自分でも勉強しています。
これからの時代、
もっと需要は増えるでしょう。
でも
現実世界と宗教世界の
どちらかに
必要以上に偏るのは
とても危険なことだと
思います。
そんなこんなで
布教は大切だと
思うんですが
エホバにも団体にも
興味はありません。
わたしには
神秘も歴史も、
素晴らしい生命体も
宗教の中でこれが
一番と決めることは
これから先も
たぶんありません。
ごめんなさいね
σ(^_^;)
家への訪問は
主人も負担がっているので
申し訳ないけど
やめてもらえますかねぇ」
お隣のおばさんが心配して
出てきてくれた。
とても頼りなさそうに
見える私なので(笑)
看護師で
在宅で看取りをしていた時。
宗教の人には
死生観について
何度も学ばされた経験がある。
ふだん、
普通に生きていれば
不要なオカルト団体に
思えるかもしれないけど、
いざ、死の宣告をされると
かなり宗教家の
立ち位置が神に近い存在に
映るのはたしか。
人間とはゲンキンな生き物。
人生の歴史を積んだ家族でも
遺産の問題とかで
もめだすような
俗世界の人間に囲まれていたら
余計に病む。
静かに見送られたい。
宗教の精神性に
救われたいと
思うのは
わかるような気がする。
日本は死についての
メンタル面フォローが
脆弱すぎるからな。
それは
宗教がないからかもと
ちょっと思ったり。
余命を宣告されると
手に負えなくなるくらい
本人の動揺は相当たるもの。
それが
宗教家が関わると
いたって
素晴らしい見送りになる。
あの人たちの役割も
称えられてもいいんじゃないかと
思う瞬間がある。
でも、
しがらみがややこしい。
団体や活動抜きで
学べば、
占いも、宗教も、
きちんと勉強すれば
素晴らしい学問なのに。
ようは使い道。
詐欺に出逢えば
犯人が悪いのに。
占いで詐欺にあえば
宗教で詐欺にあえば
占いや、宗教の学問まで
悪く言われるのはおかしい。
法的にも科学的にも
保証が出来ないけど
それは別なのにな。
今回は、
もう来ないでと
遠まわしに
言ったわけだけれど。
宗教の方はなぜか
すごくお礼を言っていた。
また来るかもなぁ。
でも、ちょっとスッキリ。
ずっと聞きたかった。
なぜエホバじゃなきゃ
ならないの?
こんなこと
日本じゃなきゃ
聞けないような…
!(´Д`;)
明確な答えは
聞けなかったけど。
聞くと長くなるから
ごめんなさい。
Y(>_<、)Y
個人的には、
布教がんばれ~
って感じ。
必要な人もいると
思うから~
でも、
うちには~
もう来ないで~
(θωθ)/~
という
勝手なお話でしたぁ。