大好きな宇宙さんのブログ




宇宙さんほど大きくはないけど、私もお腹に10センチほどの傷がある

2歳くらいで盲腸の手術をした時の傷

当時は、こんな小さい子の盲腸は珍しかったらしく、「痛い」って泣くばかりで、盲腸だとなかなか分からず、もう少し分かるのが遅かったら、危なかったらしい






2歳の時の記憶なんてないけれど、当然、傷は残っている

当時は家に風呂がなくて、銭湯だったんだけど、そこで傷を見たまわりの大人に「かわいそうに」って言われることがイヤだったのは、すごーくよく覚えている







でも、何が「かわいそう」なのか、いまひとつ納得出来ていなかった







「かわいそう」って言う人の気持ちは、頭では分かる

こんな小さな子が痛い目にあって、かわいそう

お腹の傷が大きくて、痛々しくて、かわいそう

女の子なのに、お腹に大きな傷が出来て、かわいそう

だから、「私はどうも『かわいそう』らしい」と、どこかで思っていたんだと思う





でも、私の中では、モヤモヤしていた

私はなぜかわいそうなの?

傷はあるけど、もう痛くないよ?

お母さんやお父さん、おばあちゃんに怒られることはあるけど、楽しいことがいつもいっぱいあるよ?

どうして私はかわいそうなの?

そんな風に思っていた様な気がする






だから、「かわいそう」って言われるのがいやで

言わない人も「かわいそう」って思っているんだろうと思っていたような気がする

そんな思いから、温泉や銭湯に行くのは好きだけど、傷は隠す様にしていた

なんとなく「他人は私の傷を見ると、悲しくなったり、イヤな気持ちになるらしい」と思っていた






でも、今は、傷があっても、特に隠そうとは思わなくなってる

うーん、何でだろう

何かキッカケがあった訳じゃない

いつの間にか、気にならなくなっていた

普段は、傷があることさえ忘れている

忘れてて、「あ、しまった!言わないといけなかった」って思うことすらある






多分、自分に傷があることじゃなく、人から「かわいそう」って言われるのがイヤだったのだろう

だから、「かわいそうに」って言われなくなって、自分が人の傷を見ても、「ああ、この人は傷があるんだね」くらいしか思わないって気づいて、気にならなくなっていったんだろう

むしろ、「自分の思い傷が人のためにはなるなら、見せてもいい」くらいに思っている

だから、堂々としてようって






私も母に「ビキニは着れないねぇ」って言われた記憶がある

私も「傷があるから、着られない」って人に言ってた

でも、よく考えると、傷があることは、ビキニを着ない一番の理由じゃなかったような気がする

むしろ、ビキニを着ない理由に「傷がある」ことを、都合よく理由にしていたような…(^_^;)