走る人 今日は私が高校2年生の頃の、朝の通学路での

腹痛事件?の話をしたいと思います。


私が通っていた高校は東京都内の高校でしたが

何故か畑の中の道(あぜ道?)が正式な通学路な学校でした。

駅から20分ほど歩く学校でしたが学園祭が有名で人気のある

高校でした。40分ほど電車に揺られ通学をしていました。


その日は「ギリギリ電車」とネーミングした電車に乗っていました。

電車に乗り20分ほどしたあたりでした。正露丸のラッパの音楽が

腹のあたりに流れ始めました。ガーン馴染みの腹痛が

全身の毛穴を開き顔色が青くなって来たのが解りました。

一緒に通学していた友人が「駅についたらトイレに直行しなね、

あと何駅だ、頑張れ。」と励ましてくれました。が、私の頭の中に

「駅のトイレに寄ったら必ず遅刻。ギリギリ電車だから」という台詞

走馬灯の様に走り始め、何とか頑張ってみたいものだ、、

何とか持ちこたえてくれたまえ、と腹に指令を出していました。

駅に到着し友人に「先に行く!」と言い、走り出しました。

駅の商店街を走り抜け交差点の信号機赤信号に出くわした時に、

「今から15分歩くのは絶対に無理!もたない!」

 「駅のトイレに戻るのも これまた無理!」と腹痛状況から

解りました。なかば半泣き状態になり、とうとう洩らすのだぁっと、

自分の人生で今まさに相当なことが起きようとしているのだと

覚悟を決めた、その時。

フト目の前の○○青果店」と書いた自転車が目に止まりました。

とっさに私は自転車の荷台に飛び乗っていました!自転車の

運転手のおじさんは「お!!」と一声、ビックリしていましたが、

しがみついた私から「○○高校までお願いします!」とキッパリと

伝えられたオジサン。よほどの事態と思ったようでオジサンは

何も聞かずに信号が青に変わった途端、

ちりんちりんちりんちりん音譜と、

ぺルをずっと鳴らしっぱなしで畑の中を疾走してくれました。

高校生の大群を掻き分けながら全速で走るオジサン。

私は、この身の上でも何か出来ることは無いか?

と悠長に思い、心の中で「みんな、ちゃんと自転車を避けて

ください、ぶつからないよう願います」と尻の筋肉を極限まで

緊張させながら荷台で祈りました。もはや正露丸の呑気な

ラッパ音ではなく、自転車のベルの連続音と腹の中では

太鼓と笛の音が大音響で鳴り響き、とうとう、もう駄目!限界だ

、。オジサンの御協力空しく、くううと呻き声が出て諦めを感じた

その時!とうとう高校の正門に着きました!

私はオジサンの顔を正面から見て頭を下げ御礼をするべきと

解ってはいても1秒の猶予すら無くなり、

「ありがとうございましたああ!」と言い、感謝の念をオジサンに

飛ばしつつトイレに向って走り限界ギリギリで間に合いました。

ちなみに土足厳禁のトイレでの土足着用で用足し。。

規則を無視した甲斐有り、洩れずに間に合った喜びは、

これは本人しか解らない至福感。

 「洩らさない。しかも、遅刻をしない。」という宣伝文句の

ような願いが叶ったことを再確認して今度は喜びで毛穴が

全開していました。

それもこれも全てはオジサンの優しさの賜物です。


今でも青果店のオジサンに御礼を言えずじまいな自分に

反省は続き、そして思い出すのは自転車に○○青果店と書かれた

ペンキの字、しがみついたオジサンの上着の感触、

鳴らしっぱなしのベルの音。。自転車を見るたびに、

飛び乗った私に何も聞かず学校まで私を乗せて走ってくれた

青果店のオジサンに「心から、ありがとうございました」と

20年以上言い続けて生きている私であります。チューリップピンクニコニコ

さて、これは心暖まる深いイイ話なのか。単なる図々しい

女子高校生話なのか?腹痛で悩む人に伝えると喜ぶ話なのか?

長々と読んでいただき有難うございました。笑。


香取伶奈