12/4 姉夫婦と父に会った。

 

私達の目的は、父の部屋を少しだけでもいいから片付けたい。


一緒に片付けようっていっても、絶対逃げていくから、

 

一緒にご飯食べようっていって誘い出した。

 

お父さん、ごめん、こんな風でしか、思いつかなかった。

 

姉夫婦、私、父、四人で熱田神宮参拝して、

 

ご飯食べて、お父さんの部屋を片付けたいといったら

 

案の定、逃げていこうとした。

 

結果、言い合いになった。

 

だけど、私達としては、少しでも片付けたい。

 

何で?このまま死なれたら困る。

 

何とか生きているうちにゴミを少しでも減らしたいのだ。

ゴミに埋もれて死んでほしくないも少しある。

 

何だろう。お父さんを好きになりたいも少しある。

 

私達と向き合って欲しいもある。

 

結果、ゴミは片付ける事は出来なかったけど、

 

私達が帰るふりして、お父さんがカギをあけた瞬間、

 

姉と部屋に入る事に成功

 

姉はゴミアパート内を少しだけ進む事が出来たけど、奥までは行けなかった。


ごみが導線をふさいでいたから。

 

だけど、2人で確認出来て、良かった。

 

誇りまみれで、何も感じられなかった部屋。というか、ゴミに囲まれた部屋

 

だけど、父はゴミではないという。

 

父にとってはきっと宝物なのだ。

 

父は父なりの哲学があるのかもしれない。

 

そうじゃないかもしれない


 

自宅に戻って、夫に話したら、

 

娘たちにパーソナルスペースを見られたくなかったんじゃないか?って

 

恥ずかしいって思っているんじゃないかっていってた。

 

そうか、そういう思いもあったかもしれない。

 

部屋を片付けたいは、私達姉妹のエゴだったのかもしれない。

 

だけど、亡くなる時には、ゴミに埋もれて、後悔して死んで欲しくないって思ってる。

 

私、お父さんみたいになりたくないってずっと思ってた。

 

お父さんみたいに、あんな風になりたくない。

 

だけど、嫌えば嫌う程、自分の中の禁止事項が増えて

 

生き苦しくて、生きずらさに繋がって、苦しい。

 

お父さんなんて嫌いは、お父さんみたいになりたくない。

 

私はちゃんと生きるんだ。人に迷惑かけないで、

 

頑張るんだ・・・・

 

だけど、そう思えば思う程、自分からかけ離れていく。

 

お父さんみたいになりたくない。

 

お母さんみたいに病気になりたくない。

 

心のバランスを崩したくない。

 

 

 

そう思えば思う程、違う誰かになろうとして

 

自分から遠ざかって、苦しい。

 

だから、自分と向き合い始めた。

 

どうして?

 

 

いつももやもやしてたから。


ふあスピでエセポジで苦しかったの。

 

だから自分と向き合おうと思った。

自分の中にある思考は心の声じゃない。

 

心の声が聞こえない。

 

何を思っているか、どうしたいか?

 

何を望んでいるのか?どこへ向かいたいのか?

 

心の声を聴いてあげたい。

 

そして自由に生きていきたい

 

父に会って、父と自分は似ていると思った。

 

あまのじゃくで偏屈で、


でもそれが悪いわけじゃないって思えるようになりたい