おはようございます。

 

昨日のブログの続きです。

 

帰国後、1年海外にいたと言うと、ほとんどの人から

 

英語がペラペラなのね、喋ってくれる?とよく言われましたデレデレ

 

1年いて話せるようになったかといえばそんな事はなくて、

 

日本に帰国してからの方が仕事で使う為に必死に勉強していました。

 

帰国してからは派遣会社に登録して、色んな仕事をしました。

 

英語を使った仕事は愛知万博の公式アテンダントや

 

不動産営業で外国人のお客様をご案内する時や、

 

実際に外国人が入居された時の、日本の生活で困った時や、

 

1日観光やパーティの時などに使いました。

 

そう思うと仕事の幅は確実に広がったと思います。

 

普通に働いていたら、知り合えない方達とお仕事をさせていただいたと思います。

 

ですが、ニュージーランドにいた時はトラブルがつきものでしたえー

 

今でこそ、自分はHSP(Highly Sensitive Person)だと分かりますが、

 

当時はそんな言葉すらなかったので、人が普通に出来る事が出来なかったです。

 

でも、ニュージーランドで出会った日本人は、生きづらさも抱えた人もいたけど、

 

精一杯現地での生活を楽しんでいました。

 

時には一緒に旅をしたり、食事を共にしました。

 

海外滞在中は、私も色んな事に挑戦しました。

 

スカイダイビングをしたり、イルカと一緒に泳いだり、バンジージャンプもしました。

 

乗馬をしたり、アクセサリーを作ったり、ボランティアをしたり、

 

現地で働いたりと日本だったらやらない事を何でもやりました。

 

イルカと泳ぐ
 

 

解放感が半端なかったです。

 

ニュージーランドからオーストラリアに1か月渡った時は、

 

長距離バスと飛行機で国内移動していました。

 

シドニーから、アデレードまで長距離バスに乗った時に、うっかり寝てしまい、

 

バスの車庫まで行ってしまい困った事もありましたショボーン

 

長距離バス

 

荷物がなくなった事もありました。

 

写真を見てみると短期間で色んな所に行ったと思います飛行機

 

バックパッカーで安宿を点々として、自炊して、寝て、又バスに乗って、

 

主要都市を周り、エアーズロックでは夕陽を見ましたシャンパン

 

綺麗だった。アボリジニの先住民は、本当は観光客に聖地を荒らされたくなかった。

 

だから、本当は聖地には入って欲しくなかった。そんな話も聞きました。

 

私はアートが好きなので、旅先では美術館や芸術家が暮らす街を訪れる事があります。

 

アボリジニ先住民のアートは日本ではない鮮やかな色使いでした。

 

画家が絵をかいている傍ら、洗面器に入ったカンガルーの子供がすやすや眠っている事もありました。

 

 

 

26歳~27歳の若い頃に、長期の旅をした事により一人旅が好きになり、

 

帰国してからは、派遣で働き今度はアジアを中心に旅をしました。

 

でも、まだインドやスリランカやネパールには行った事がありませんショボーン

 

コロナが落ち着いたら、インドのアシュラムとアーユルヴェーダを深める為に、

 

行く事が次の目標です。私は、目標が出来るとそこに向かって進みます。

 

今、人生の前半を振り返ると色んな事がありました。

 

海外に行ったのは現実逃避だったかも知れません。

 

海外にいけば自分を変われると強く思っていました。

 

本当に若かったなーーーと思いますニコニコ

 

農家でエクスチェンジしてました。高校生の彼女はお料理大好き、絵を描くのが好き。
 

 

きっとこれからも起き上がりこぼしのように、あっちこっちぶつかりながら、

 

生きていく事でしょう。凹凸は変わらないからね照れ

 

今日は出張でアーユルヴェーダのトリートメントの施術をしてきます。

 

緊張しいなのでハカハカしながら楽しんでこようと思います。

 

そして帰宅したら、今日の様子をブルビジ内でシェアしようと思っています。

 

読んで下さりありがとうございました。

 

感謝しています虹