部屋の隅に追いやられた
折りたたみ式のベッド
母が来るといつも
これに横になって貰っていました
ほんとはもっとゆっくり
ブログを書いたり
自分のしたい事をしたい‥
朝母を迎えに行くのが少し億劫でした
今は母を迎えに行かなくてもいい代わりに
会いたい時にも母はいません
姉宅の母の部屋は
限定で残した母の衣類を残して
きれいに片付いています
母を思い出すと
母の優しい笑い声が聞こえます
子供の頃から特別叱られた事はありません
強いて言えば
学校を休みたくてコタツに体温計を
引っ付けたら割れてしまった時
やる事がちびまる子のレベル
布団に散らばった水銀を
怒りながら母は掃除機で吸っていたな
今考えると その対応、だ、大丈夫?💦
あと、
姉と母と三人で県内の小さな遊園地に
行った時のこと
姉がトランポリンをやりたい♪
と言うので
母が二人分お金を出してくれました
姉が嬉しそうに跳んでいる隣で
頑なに静止している私がいます
それを見た母が私に叱りました
母:なんで跳ばんの?
miyon: ‥‥ 跳ぶの 、イヤ。
は!?
姉ちゃんみたいに跳びなさいな
ほんまおもっせぇ(おかしな子)
笑笑
今なら
目の前にトランポリンがあったら
年甲斐もなく私の方が
跳べる気がする
そう、アホみたいに。
5ヶ月前の一月
病院に駆けつけた時はもう
母は会話が出来ない状態でした
目を見開いて命が尽きるまで
一生懸命呼吸をしていた母を
姉と手を握って見守りました
何も話せないけど
ゆっくり閉じていく瞳に涙を浮かべながら
やりたい事やりなさい
悔いのない様に生きなさい
失敗してもいいから跳びなさい٩(๑꒦ິȏ꒦ິ๑)۶
とりわけ特技もない私
母と一緒にいた3年間をここで綴りながら
四苦八苦していました
ここは皆さんが応援してくれた
私にとって大切な場所です
まだまだ読んでくださる方がいるなら
これからちょくちょく
母との日々を振り返ってもいいでしょうか
フラフラでもお茶目な母が
残っていました
このひと月後は姉宅を出て
精神科へ入院した母です
読んでいただきありがとうございます
日差しが強くなりました
紫外線に、熱中症に、コロナに
気をつけて良い一日をお過ごし下さい。

にほんブログ村







