美世です。
ちょっと話題があちこち
とんじゃいましたが、
こちらの記事 の続きを
書かせてください。
あ、そして!
各記事へのコメント、
嬉しいです!
ありがとうございます。
話題上、コメントはちょっと・・
でも言いたいことはある…
という方は、メッセージも
お待ちしています!
(アメブロユーザーで
ない方には、今後何か
考えていきますね)
さて、以前の記事では、
ペットである間は、女性の
自分は封印してる
って話しでした。
結局。
女性である自分に自信がない
女性の自分は外に出したくない
女性の自分が実はあまり
好きではない
などなど。
「女性の自分」をどう見ているか。
どう扱っているか。
どう感じているか。
これって、とっても重要なのかも
と思うのです。
これによって、
自分の行動が作られ、
自分の感情が作られ、
自分とパートナーの間の
雰囲気が作られる。
要するに、
これは一例ですが、
女以外のポジションに入りたくなり、
なんとなくその状態が居心地良く感じて
パートナーとの間に、「男・女」の雰囲気が
消えていく
とかね。
もちろん、これだって、悪いことばかり
じゃないです。
相手は、そんなキャラクターのあなたも
とっても大好きなのかもしれないから。
ただ、そればっかりになってるってこと
ないでしょうか。
セックスレスで拒否される立場の
方からよく聞きますし、
私も過去に思ったことですが、
セックスがないと
拒否されると、
女として見られていないのが
悲しい
と言う気持ちが出てきます。
相談所でもよく聞きます。
そりゃ、そうですよね。
これは悲しい。
でも、最近になって思うのは、
相手が自分を女として
見てくれてない!って思うとき。
自分を女として見てないのって
実は、本当は誰なんだろう?
ということ。
・・・は?
パートナーに決まってるじゃないの!
と言う声が聞こえそうです。
でもでも、
もう一人、いませんか?
…結構重要な人物です。
…えー!そんなことないもん!って
言いたくなるような人です。
でも、よくよく考えてみると…アレ?
そう。
そのもう一人は、
自分自身
かもしれない。
もしもそうだとしたら、
相手とするセックスの
時間が、唯一
女性の自分を感じられる時間
になるはず。
「唯一!」のものがなくなったら
辛いです。
「唯一!」を拒否されたら
辛いです。
でも、その「唯一!」という状態を
作り出しているのは、
自分自身なのかもしれない。
それは、
「自分が女性だと感じる」ということを
ぜーーーんぶ
相手に委ねてしまっているということです。
相手がYESと言えば、天国。
相手がNOと言えば、地獄。
辛さが加速しますよね。
そして、依存や執着の気持ちが
より強く出ます。
だって、「唯一!」のものだから。
これをよーーく体感することになった
経験があるので、
次回はそれを書きたいと思います。
今日のまとめは、
実は、自分のことを女として扱ってない
のは、自分自身だった!ってこと、
ないかな?
ということでした。
最後までお付き合いいただいて
ありがとうございます![]()

