◆小津安二郎監督の『東京物語』 | ザ・外食記録 ~今日も閲覧ありがとう~

ザ・外食記録 ~今日も閲覧ありがとう~

いつしか食べ歩きがライフワークになってしまった今日この頃。
美味しかった店はもちろん、雰囲気の良かった店を紹介していきます。
2023年12月に外食記事 4000号を達成しました。
ちょこちょこ地域別索引も更新中。

▼写真AC:HiCさん提供のフリー素材「無藝荘 小津安二郎記念館」


周吉と妻・とみは昼過ぎの汽車で東京へ向かった。
着いたのは小さな駅だった。
若い妻・文子は迎えるべく家を掃除した。
小学生の勇太、中学生の実が帰ってきた。
実は、机が廊下に出されておかんむり。
文子「いつも勉強なんかしないくせに」
幸一が駅に迎えに行っていて、2人も幸一の家に到着。
晩のご馳走はすき焼き。
紀子が遅れて到着。
周吉「東京って遠いところかと思っていたが、昨日尾道を立って、今日こうしてみんなに会えるんじゃ。やっぱり長生きはするもんじゃのう』
志げ、紀子は帰って行った。
明日は日曜日だから東京見物。
老夫婦は就寝のため、2階に上がった。
周吉「とうとう来たのお」
とみ「ここは東京のどの辺でしょう」
周吉「端の方よ」
とみ「もっと賑やかなところだと思ったけど」

翌朝、東京見物の日
熱が下がらない患者がいると連絡が入り、町医者の幸一は往診に出かけてしまった。
息子たちはすねてしまった。
とみは、勇を連れて河原に出ることにした。
川の堤防でとみ「勇は大きくなったら何になるの。
お父さんのようにお医者さんかのう。その頃にはおばあちゃん、行きとらん」

志げは美容院で働いている。
旦那が浅草で大判焼きを買って来た。
志げ「こんなのもったいないのよ。お煎餅でたくさん。明日どっか連れてってやってくんない。連れてく人がいないのよ」
旦那も行けないと断った。
紀子に電話して「明日どこかへ連れて行ってくんない?」紀子はわざわざ休みをもらった。
観光バスを手配し、皇居や銀座。
自分のアパートに連れて来た。
紀子の旦那の昌ニ(次男)は8年前に亡くなっていた。
隣の部屋から日本酒瓶を「借りるわね」

志げが幸一に「兄さん、3000円出してくんない。
熱海に行ってもらおうと思って」

舞台は熱海
周りの部屋が夜しゃべり、マージャン、生バンドの演奏で大騒ぎ。
2人は早くも床についたが、うるさくてしょうがなかった。
翌朝海の見えるところ周吉「東京も見たし熱海も見たし、もう帰るか」
立ち上がろうとしたらとみが立ちくらみした。
東京(志げの家)に戻って来たので志げは憂うつになった。
「ずいぶん早かったのねえ」
今晩は講習会でここにお客が来るようだ。
周吉「とうとう宿無しになってしもうた」
2人は上野公園で休憩。
とみは紀子の家に泊まることにした。
周吉は尾道に住んでいた服部さんを訪ねた。
警察にいた沼田さんも東京にいたので、飲みに誘った。
「戦争はこりごりじゃ」
沼田「息子は印刷会社だが、体裁が悪いから部長って言ってるが本当は係長じゃ」
周吉「ウチももうちょっとなんとかなっていると思ったが場末の町医者じゃ。だがそれも親の欲じゃ、欲張っても仕方ない」
飲み屋の加代からは「12時だと」

とみは紀子に「いい人があったら行ってくださいよ。このままじゃ私すまんすまんと思って。このまま年取って1人じゃさびしいでしょ」
紀子「私、歳取らないって決めたんです」
とみはすすり泣き。
夜中志げの家に巡査が、周吉と知り合いを連れて来た。
2人は美容室の椅子で寝込んでしまった。
志げ「お父さん、お酒やめていたのに・・・。これだからお酒は嫌いよ」
紀子はとみにお小遣いを渡した。
とみ「ありがと」また泣いてしまった。

東京駅・21時発広島行き急行列車
志げと幸一、紀子
周吉「明日のお昼過ぎには尾道に着く。いろいろ迷惑かけてしもうて、おかげで楽しかったよ」

大阪の敬三
とみが気分が悪くなって、2人は大阪に泊まった。
周吉「明日のすいた列車で帰ろうよ。志げも幸一も代わってしまったなあ。でも私らも幸せな方じゃのう」

尾道からお礼の手紙。
志げのところに、とみが危篤だと電報。
幸一のところにも電報が届いた。
「ハハキトク キョウコ」
紀子の会社にも連絡した
今夜の夜行で立つことに決めた。
志げ「喪服持って。持っていって役に立たないなら、そんなにいいことないんだもん」

尾道
とみが熱が高いようで、おでこに氷をのせ横になっていて、周吉がうちわであおいでいる。
京子が迎えに「行ってまいります」
3人が来て医師も来ていた。
大阪の敬三がまだ来なかった。

幸一「こんなに起きないのは、具合が悪い。明日の朝まで持てばいい」
そう聞いて、志げは泣いてしまった
周吉「そうか、おしまいかのう」

翌朝
とみの顔に白い布。
志げ「人間なんてあっけないものね。あんなに元気だったのにね。(東京に)出てきてくれてよかったわ。元気な顔も見られたし。(紀子と京子に)どっかで喪服借りてきなさい。お母さん、ちっとも苦しまなかったんだもん」
敬三が到着「そうか、間に合わんだか。松坂に出張だったんや。遅れましてすみません」
幸一「お父さんはどうした」
外に京子が見に行ったら、立って外を見ていた。
京子「敬三さん着きました」
周吉「ああそうか、今日も暑うなるぞ」
そのままお葬式。

食事6人で昔話
志げ「こう言っちゃなんだけど、お父さん先の方が良かったのに、京子がお嫁に行ったらお父さん1人なのよ」
みんなこの晩の急行で帰ることになった。
志げ「あれとあれ形見に出しといてくれ。お父さん
あまりお酒飲んじゃだめよ」

紀子だけが残って
京子は、ずいぶん自分勝手だと非難した。
紀子「大人になるとこうなるのよ」

周吉は紀子に「お母さん言うとったよ。(紀子の家に)泊めてもらった日が一番楽しかったって。ええとこがあったらいつでもお嫁に行ってくれって」
紀子「わたし、お父さんお母さんかいかぶりされているんです。ずるいんです。昌三さんのこと、いつもいつも考えているわけではないんです。夜中にふとこのまま1人になってしまうのかなと思ったりして」
周吉「あんたはほんとにいい人じゃ、正直じゃのう」
周吉は、形見としてとみの時計をあげ「実の子供より、他人のあなたの方がようしてくれた。ありがとう」

紀子も帰って行った。
京子は教員だった。

周吉が座って、うちわであおいでいた。
尾道の船が遠ざかるところ。
(昭和28年松竹映画)
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日本映画界を代表する巨匠・小津安二郎監督作品を初めて見ました。

淡々と進んでいった物語。
東京に出て仕事をして、両親への思いが希薄になって行った実の子どもたちについて描かれたようです。
周吉は教育課の課長になっていたことを考えると、役所勤務か、校長先生だったかも知れないです。
当時は、大病院に行くでもなく、病名もわかないまま、こんなに早く人が亡くなってしまうのかとも感じました。


黒澤明監督の『影武者』の記事はこちら(2022年4月13日)
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では、明日。