◆黒澤明監督の羅生門 (1950年) | ザ・外食記録 ~今日も閲覧ありがとう~

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いつしか食べ歩きがライフワークになってしまった今日この頃。
美味しかった店はもちろん、雰囲気の良かった店を紹介していきます。
2023年12月に外食記事 4000号を達成しました。
ちょこちょこ地域別索引も更新中。

外出自粛要請が出ていて、外食記事のストックが少なくなったので、小出しにすることをご容赦願います。


harkcardさんによる写真ACからの写真 )

黒澤明監督生誕110年・三船敏郎生誕100年
原作・芥川龍之介

降りしきる雨の中、羅生門の下で雨宿りをしている旅法師(千秋実)と杣売り(志村喬)。
「やっぱりわかんねえ」と何度もつぶやいていた。
雨の中から3人目(ダミ声の下人・上田吉二郎)が走りこんできた。
「どしたい?何がわからねえんだ。話してみなよ」

「1人の人が亡くなったんだ。来る年も来る年も災いばかりだ」
「今日のような恐ろしい話は初めてだ。そうだ、恐ろしい話だ」
「盗賊よりも疫病よりも飢饉や火事よりも恐ろしい」

1人目が話す気になった「おい聞いてくれ。これから話すのは3人のことなんだ」

<1人目の話>
3日前、山へ薪を切りに行った。
女性の日傘、服、履物が落ちていると思ったら、その後は死体があった。
慌てて役所に走って行った。
その時に和尚と会った。
後で、検非違使の白州に和尚と呼び出された。
盗賊の多襄丸(三船敏郎)が捕らえられていた。
死体は多襄丸の仕業だった。
不敵に笑う多襄丸だった。

<盗賊の言い分>
多襄丸は、白馬にまたがった女性と男性が旅しているのを見かけ、2人に近づいて行った。
金沢武弘(森雅之)「何用だ」
古墳から盗んできたものがあると連れ出して、縛って座らせた。
真砂(京マチ子)には、(武弘が)マムシにかまれたと嘘をつき、監禁した場所に連れてきた。
真砂は襲いかかってきたが、そして泣き出した。
激しくキスをして短剣を落とした。
多襄丸は帰ろうとしたが、2人の殺し合いが始まり、 真砂はいなくなっていた。
探さなかった。
武弘の刀は街で売っぱらった。

<真砂の言い分>
真砂も検非違使に現れた。
どこかのお寺に逃げ込んでいた。
多襄丸の嘘が暴かれた。

「さぞ夫は無念だった」
多襄丸は笑って走り去った。

夫の目は蔑んだ冷たい目だった。
武弘に短剣を渡そうとして、私を殺してください
気を失って、目を覚ました時に
自分で夫を突き刺していた。

<武弘がのりうつったとされる巫女>
盗人が「俺の妻にならぬか」と真砂にささやいた。
真砂は「どこへでも連れて行ってください」
そして「あの人を殺してください」
多襄丸は、突き飛ばした。
「殺すか、そのまま助けてやるか」
真砂は逃げた。
とこかでだれかが泣いている
泣いているのは誰だ
武弘は自分で短剣を見つけ、自らを突き刺した。

・・・1人目「うそだうそだ。男には短刀など刺されていなかった。男は太刀で刺されたんだ」

この羅生門に住む鬼が、人間の恐ろしさにいなくなったとされている。
1人目は、関わりたくないからと、白州で嘘の証言をしていた。
本当に見たのはもっと前からだった。

<1人目が見たもの>
女の鳴き声が聞こえてきた。
多襄丸が真砂に「頼む、俺の妻になってくれ。俺はどんな苦労もいとわぬ」
真砂「無理です、私には言えません」
多襄丸は武弘と戦おうとした。
武弘「待て待て、私はこの女のために命をかけるのはごめんだ」
武弘は真砂に「2人の男に恥を見せて、なぜ自害しようとせぬ」
多襄丸は困った表情を見せ、立ち去ろうすると、真砂はうつ伏せて泣き出した。そして笑い出した。

真砂は突然開き直り、「たわいないのはお前たちだ。
夫ならなぜこの男を殺さない」
真砂は多襄丸に対しても「お前も男じゃない
多襄丸なら、この私の助からない立場を片付けてくれるかもしれない、そう思ったんだ。
このどうにもならない私の立場を助けてくれるなら、どんな無茶な無謀なことだってかまわない、そう思ったんだ。
ところがお前も私の夫と同じ、小利口なだけだった。
覚えておくが良い、女は何もかも忘れて、きちがいみたいになれる男のものなんだ。
女は腰の太刀にかけて、自分のものにするもんなんだ」

男2人はにらみ合い、構えた。
チャンバラになり、はいづりまわり、最後に刀を手に取ったのは多襄丸
「死にたくない、死にたくない」武弘の最後の言葉。
真砂の悲鳴とともに、刀は突き刺さった。

多襄丸は手を取ったが、真砂は払いのけて、どこか遠くへ逃げてしまった。
多襄丸も、刺した刀を抜いて、いなくなってしまった。

<羅生門での3人>
「恐ろしい話だ」
「どうもこうもねえ、人間のする話なんて、まったく訳のわかんねえって話だ」
やがて赤ん坊の泣き声がした。
これまですやすや寝ていた捨て子が起きて泣き出した。

3人目は、赤ん坊の服をはいで持って行こうとした。
1人目が止めた。「お前は鬼か」
3人目「捨てた親こそ鬼じゃねえか。お前こそ、(真砂の持っていた)短刀はどうした。どうやら図星らしいな」

3人目は笑い声とともに、大雨の中、走っていなくなっていた。

雨は小降りになった。
1人目が和尚に「わしのとこにゃ、6人育てるのも7人育てるのも同じ苦労だ」
「今日という今日、人を疑わずにいられない日はない」

和尚は、赤ん坊を引き取ろうとする1人目に「お主のおかげで私は人を信じていくことが出来そうだ」

赤ん坊を抱っこして和尚にお辞儀をして、去って行った。
さわやかな顔をしていた。

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雨も手伝ったのと、モノクロ作品だったため、じめじめした雰囲気だった。
見終わっても気分のムカムカがおさまらなかった。
ほぼ6人による迫真の演技で、疲れたのが正直なところ。
山に盗賊がいた頃の話だが、現代でも三角関係は応用できそうな話。
盗賊をきっかけに引き裂かれた夫婦、でも妻は日頃から不満を抱いていたようだった。

多襄丸を捕らえたのは、剣術に優れた男だったのだろうか。
武弘と多襄丸の死闘は、刀で斬るのではなく、刺そうとしていた。
(戦国時代は)槍は叩くもの・刀は突くものとされていたらしい。

これだけ証言に食い違いがあると、防犯カメラが有り難く感じられる。
鬼よりも人間が恐いというのは、昔から言われていたのだろう。

「多襄丸(たじょうまる)」とか、「検非違使(けびいし)」とか、スマートフォンで単語がバシッと出てきたのにはびっくりした。


長津田・長津田農場の記事はこちら(2016年10月26日)
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http://ameblo.mom/miyacar/entry-12212882540.html

では、明日。