◆いだてん~東京オリムピック噺~ 第41回・42回 | ザ・外食記録 ~今日も閲覧ありがとう~

ザ・外食記録 ~今日も閲覧ありがとう~

いつしか食べ歩きがライフワークになってしまった今日この頃。
美味しかった店はもちろん、雰囲気の良かった店を紹介していきます。
2023年12月に外食記事 4000号を達成しました。
ちょこちょこ地域別索引も更新中。

第41回 おれについてこい

志ん生は床に伏していて、寄席には五りんが出た。
昭和34年に、1964年の東京五輪開催が決まった。

田畑は五輪の司令塔として、事務総長に就任していた。
渉外担当に岩田が抜擢された。
式典担当は松沢一鶴。
五輪利権に、川島自民党幹事長(浅野忠信)が割り込んできた。
政界の寝業師と言われている人物。

田畑は、自ら選手強化本部長に名乗りを上げた。
そろそろ、柔道を正式種目にしてはどうかと提案した。

バレーボールも加えてはどうかとの声が上がり、田畑たちは日紡貝塚に視察することにした。
鬼の大松の特訓が始まっていた。
松澤が「昔のまーちゃんみたいだ」
大松はミャンマーからの復員兵だった。
選手全員をニックネームで呼んでいる。
ウマと呼ばれている河西(安藤サクラ)など。
国際大会に出るために、9人制から6人制に変更させられ、てんてこ舞いだった。
田畑は大松を柔道場に連れてきた。
「見ろ、ここでは誰も声を張り上げてなどいない」
大松は「守備の秘策、ひらめいた」

田畑は選手村として、アメリカが使っている代々木ワシントンハイツ、ここを返してもらおうと提案した。
津島寿一(井上順)は米軍と揉めるより、朝霞にすると決めてしまった。

グラフィックデザイナー・亀倉雄策に総合顧問をお願いした。
「東京五輪独自のシンボルマークを決めましょう」
ところが、締め切りになっても亀倉の作品が届かないでいた。
マリーの店で亀倉が即興で書いたものが採用された。
映画監督の黒澤明は、記録映画の監督に名乗り出た。
ただし、ニュースは安保安保で国はまったく盛り上がってない。

田畑は岩田に「会社辞めて専属に職員になってくれ」
ローマ五輪を1年に渡り研究させた。

田畑は大阪に出向いた。
そこで目にしたものは女子バレーボールチームが回転レシーブを磨き上げていた。

嘉納治五郎の肖像画がズレた。
柔道が正式種目となった。
帰国した岩田のローマ五輪の報告会。
マラソンのエチオピアの英雄・アベベ選手が紹介された。
「イタリア政府は一銭も出してないそうです」
トトカルチョが紹介された。

会議の場では、くじは政治家から猛反対。
川島「変わるんだよ日本は、このオリンピック」
田畑は「役立たずの政治家は出てってくれ」

丹下健三のプールの斬新なデザインもあった。
男子バレーボールが正式採用されることになった。
近代五種を外すと言ったら、海外からは非難ごうごう
敗戦で馬がいないことを言った。

平沢は「もう勘弁してください」
田畑は「水面下で選手村の件を米軍と交渉してくれ。選手の記憶に刻まれるのは、選手村での経験だったよ」
「アベベのゴールの瞬間は鳥肌が立ちました」
「予選敗退した選手にもいい思い出になってるもらいたいんだよ。終わったら選手村で讃え合うんだよ」
田畑「そういうオリンピックを東京でやりたい。あくまでオレは代々木にこだわる。代々木じゃなきゃダメなんだよ」
平沢「私に考えがあります」

ある夜、東は川島と会っていた。
「しっかり頼むよ、都知事」
川島は田畑外しを狙っていた。


第42回 東京流れ者

昭和36年6月、田畑のぶち上げたイベントはアテネから2万キロ東京まで運ぶというもの。
聖火ランナー調査隊に運転手の森西栄一もタクシー会社を辞めて志願した。

女子バレー選手は仕事終わって8時間練習。
大松監督は、河西の自宅に赴き、両親に「やらせて下さい、2年間貸してください」
「昌枝が望むなら、貸しましょう。ただ、昌枝の花嫁姿はなんとしても見たい。それだけはお願いします」
「わかりました、必ずお返ししますから」
鬼の大松は、一軒一軒選手の親御さんの自宅をまわった。

志ん生は右半身に後遺症が残ってしまった。

選手村は朝霞にほぼ決まりかけていたが、田畑は諦めなかった。
平沢は「アメリカ側のメリットは何でしょう?」
日米安保条約の反対で、反米ムードをこれ以上悪化させたくない。
平沢はアメリカ大使館にライシャワーを訪ねた。
「都心を返してこそのアピールです」

「800世帯の兵士の家族の引越しに60億要求してきた」
田畑は「考えておきますよ」
「池田君紹介しようか?」
首相官邸に池田勇人総理大臣に面会したが「60億は出せんよ」
津島は聞いているだけで、何も役に立たなかった。
「朝霞なら立ち退き料はかからんからな。お金を出したくなかったら別の場所を探すんだね」

川島は「津島はボンクラ、田畑はスタンドプレー、あの2人には任せられんな。君の意見はどうなんだ」
東に意見を求めた。

岩田と田畑との話で「オリンピックが終わって国のために使えたらいいんだな」
嘉納の肖像画が呟いた。
「案外早く来たな、2回目が」
「1回目は返上しました」
嘉納ぼ肖像画は驚いた。
岩田が田畑を心配して話しかけた。
「それはそうと田畑、今度のオリンピック、どこで見ればいいんだ?国民がだよ」

田畑に名案が浮かんだ「NHKを作ります。カラーテレビが売れます、はい、所得倍増」
オフィスに戻って「直談判はこれを最後にしたいものだね。代々木に決まった」
大歓声
東は「しかたないよ、まーちゃんのオリンピックだもんね」

金栗は野外で「走れ25万キロ」出版記念サイン会を開いた。
円谷幸吉がサインを求めに来た。
「小松金治です」
金栗は思い出し、改めて五りんの顔を見た。
「父なお世話になりました」
金栗は腰を抜かした。
「一言書いて下さい。志ん生の富久は絶品」

五りんは、神社で待っていた志ん生をおんぶした。
「オリンピックが来る前に私は高座に上がれるかな? ここんところ、まるっきりダメだから」
五りんは『富久』を語り出した。

短距離スタートの模様の五輪ポスターも大評判となった。
国民の盛り上がりは今ひとつ。

森西が視察から戻って来た。
ランナーは走れない、無理だ。
田畑のポケットサービスで宴会場になった。
「走れ大地を力の限り」を歌い出した。
ビュッフェサービスも始まった。

川島が池田総理に横槍をいれ、オリンピック担当大臣に川島が選ばれた。

意外なことに、川島が田畑にすり寄って来た。
「津島が会長ではやりにくいだろう。切れ者だったかつての神通力はもうない。
何をするにも優柔不断で後手後手じゃないか」

「田畑はオリンピック運営の中枢です」
「背筋が凍ったよ。これが寝業師川島の正体」
川島のいいなりにならん
津島さんは俺が守る

オフィスでは「てれび寄席」が映し出された。
「いるじゃないかよ、こんなに無関心じゃない若者、こいつをオリンピックのら広告塔にしよう」

岩田は寄席に出向いた。


前回の「いだてん」の記事はこちら(2019年11月16日)
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
http://ameblo.mom/miyacar/entry-12545161790.html

では、明日。