第三十五回 戦の鬼
「大政奉還をされて困るのは誰だ?」
久しく政から離れていたのんきな公家たちに政などできるわけがない。
いずれ助けをもとめてくる。
その時徳川が再び中心に収まればいい。
慶喜の考えを推理し、徳川を叩き潰さないと新しい世の中は来ないと、吉之助は考えた。
龍馬に「おい一人になっても討ってみせる」
吉之助と今後の日本について語りに来た龍馬だったが「おまんとは乗る船が違うようじゃ」
薩摩に戻った吉之助は、倒幕を申し出た。
「天子様より、勅命を賜りました」
久光「失敗は許されんど」
実家に戻り、糸との子どもの寅太郎を抱きかかえた。
慶応3年11月15日、京の近江屋では、龍馬と中岡が襲撃された。
お龍が吉之助を訪ねて来て「何が新しい時代じゃ。そんなもん来んでええ」
大政奉還により、岩倉は京に戻れることになった。
吉之助は、御所を取り囲む計画に出た。
薩摩、越前、土佐、芸州、尾張の兵で固められた。
西郷に銃を向けるよう提案された慶喜だったが、「朝敵となるのだぞ」
新しい天子様により王政復古の大号令が発せられた。
新政府の体制の会議が行われた。
慶喜の寛大な処置を求める者がほとんどだった。
会議は停滞した。
吉之助は、反対派の容堂の前で「逆臣には刀を使え」と一蔵に命じた。
その後の容堂は一言も発しなかった。
結果、慶喜に辞官納地の命令が下され、慶喜を排除することに成功した。
慶喜は、吉之助が襲ってくる夢を見て、大坂に居を移していた。
江戸に薩摩が挑発していて、戦をするきっかけづくりを狙っていた。
江戸の薩摩の領地に大砲が打たれた。
吉之助は、大将の首を取ることを宣言。
信吾は、兄が進んで戦をするようになったことを非難した。
「おいはどげな手段でも使う」
「鬼じゃ、兄さぁは鬼になってしまった」
第36回 慶喜の首
京の守りを固め薩摩を中心とした新政府軍
と都を追われた旧幕府軍、両軍は鳥羽と伏見で相対した。
1月3日 後に言う鳥羽伏見の戦い。
新政府軍の戦況は不利
吉之助は「退くな、ひいてはいかん」と最前線でハッパ
岩倉は「最後の手段や、あれの出番や」
突如、錦の御旗が現れた。
500年以上も前に、後醍醐天皇が掲げた旗印
岩倉の独断で新政府軍に掲げた、その効果は絶大で、形勢逆転。
信吾は吉之助の言う大坂への追い打ちに反対した。
信吾は銃弾に倒れた。
戦況は大坂にいる慶喜に逐一伝えられた。
山崎に布陣している津藩が新政府軍に寝返って、新政府軍の勝利が見えた。
慶喜は「余は戦う、余に付いて来い」と言いながら、慶応4年1月6日、慶喜はひそかに大坂を抜け出し江戸に向かった。
夜逃げだった。
信吾の容体は悪化していた。
慶喜一行を乗せた開陽丸は嵐に見舞われていた。
ふきは「この船は沈みます」と笑った。
何とか慶喜は江戸に着いた、鰻を食べる前に勝が現れた。
「西郷さんに謝ればいいではないですか」
ついにふきは慶喜を怒らせた。
ふきは出て行った。
勝は「哀れだね、あんた」
大久保が薩摩の野戦病院に異人を連れて来た。
ウィリスという医者だった。
お虎が真っ先に「助けておくれやす、お願いします」
西洋医療によって、新政府軍の兵の命が大勢救われた。
吉之助は、エグレス人の医者を兵庫から京へ入らせるよう、吉之助が直接天子様に願い出ていたのだった。
慶喜討伐の勅命が出された。
慶応4年2月、吉之助たちは関東征伐のために江戸へ向かった。
信吾も付いてくると言う。
「兄さぁの覚悟っちゅうものをこの目で見たか」
「好きにせい」
新政府軍の会議では、恭順した慶喜をどうするか、もめた。
江戸城総攻撃が3月15日と決まった。
勝は慶喜を訪ね、戦をすれば勝てると言った。
「その時こそ、日本が終わる。日本は異国の手に渡る。そのようなことだけはさせぬ」
勝は「よくぞお仰せられました、上様」
「勝、後始末は任せた」
勝は山岡鉄太郎を、新政府軍のいる駿府へ向かわせた。
勝からの書状を持って来た。
吉之助は断った。
山岡はその場で切腹を始めた。
「侍が主を信じられなくなったら、もうそれは侍ではありますまい」
「やめい、わかいもした」
吉之助は関東への兵を留置き、先に江戸へ入った。
磯田屋に幾島が登場。
江戸城では篤姫と12年ぶりの再会。
前回の「西郷どん」の記事はこちら(2018年11月16日)
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では、明日。