自分攻略鑑定師
たけうちともみです。
◇自分の攻略情報が知りたい方は
◇とりあえずあるだけの
ステレオタイプのしあわせ観が邪魔してくる
…なあーって、
ふとドラッグストアの帰り道w
に思ったのでした。
しあわせは
探すものじゃなくて感じるもの!って
確かスマイルプリキュアの最終回で
キュアハッピーも言ってたけども。
そうなのだけども
しあわせをしあわせと思えないのって
しあわせ自体に嘘があるのではなくて
それがいわゆるステレオタイプに当てはまっていないから
しあわせと思っていいのだろうか?という
疑いの目を向けてしまうことにあるのでは、と思うのです。
いい学校に入って
いい会社で働いて
いいパートナーを得て
子どもを設け、
仕事は順調、
家庭環境は良好で
庭付き一戸建てに住み
余生は悠々自適に暮らす。
みたいな人生を送ることが
それがしあわせなひとの条件として
掲げられていた時代がありましたけども。
(しあわせというか優良な日本国民として
あるべき姿のスタンダードモデルとも言える。
一昔前の)
そのルートから外れたひとは
社会不適合者のように扱われ
そのひとたちが手にしている
ささやかなしあわせすらも
せせら笑われるような。
実際に身近に
そんなひとがいるかどうかは置いといて
「世間」そのものが
そんな空気感だったと思うのです。
仕事に就けなければ白い目で見られ
配偶者を得られなければ鼻で笑われ
子どもを持たなければ責められ
その条件の何かが欠けているひとは
世間から疎まれなければいけないような空気感。
いやいやいや自分の周りは
そんなひといなかったよと思うひとがいたとしても
社会全体に漂う空気感がそうだったと思うのです。
今そんなことを表立ってしたら
確実に叩かれますけども
だけど昔は、たかだか数十年前は
それを体現しているひとがいたとしても
そのひとらは時代の価値観に
適応して飲み込まれているだけのひととも言えるのだろうと。
わずか30年の間に
その価値観も徐々に変わってきてはいますが
その時代に培われてきた空気というものは
根強いな、と思うのです。
あのひと(世間)が感じているしあわせが
自分にとってもしあわせとは限らないのに。
あのひとのふしあわせが
自分にとって絶対に
ふしあわせでもないはずなのに。
ステレオタイプのしあわせは
誰から見てもわかりやすい
しあわせ観なだけなのだと思うけれど。
(もちろん、ステレオタイプな
しあわせそのものが悪いわけではないですが)
世間というものは
誰から見てもわかりやすくあることを
良しとしている向きがあるから
そこにハマっていると安心するのだろうな、と。
時代に作り上げられた思い込みって
本当に根強い。
望んで入れた覚えはないのに
根を張りすぎだろうと思うのでした。
自分の現状を肯定しようとしたとて
果たしてそれで良いのだろうか?という
疑問が追ってくるのはなぜだろうなあ、と。
それはステレオタイプのしあわせ観に
沿っていないからではないかなあって思ったのでした。
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