4人兄弟の末っ子の私は幼い頃、忙しかった母の代わりに祖母に面倒をみてもらっていました( ^ω^ )
祖母には2人娘がいましたが、2番めの子供が11歳の時ジフテリアで亡くなりました。
当時はまだジフテリアの予防ワクチンも普及していなくて医者だった祖父も自分の娘を助けられなかったようです。
祖母や祖父の必死の治療にもかかわらず、自分の娘だけはどうしても命を救えなかったと後で聞かされました。
私が幼い頃時々祖母は夢を見てよくうなされていました。
いつも、高知の方言で、(早う、早う‼️)と振り絞るような声で寝言を言っていました。
ジフテリアに冒されていた大事な娘に、
早く血清を注射して命を助けて、という祖母の訴えの言葉だったようです。
祖母は命を助けられなかった事が悔やんでも悔やみきれなかったんだと思います。
私が祖母の家に泊まりに行くと、亡くなった祖母の娘の白黒写真が居間に飾られていました。
私はその写真が自分をじっと見ているようで、
少し怖かった事を覚えています。
しっかり者で、料理や掃除が得意で、いつも髪の手入れも怠らなかった祖母はちょうど百歳で、あの世に旅立ちました。
今はきっと私の祖父や早く亡くなった娘と再会し、穏やかな時を過ごしている事でしょう

お彼岸でもあり命日でもある今夜、祖母やご先祖様にレイキを送りました
まさよさんの個人鑑定でも、祖母は姿を見せてくれました。
いつも私の近くで見守っていてくれていると思います

本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました
