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あなたの人生の再生のサポーター

心々春(ここは)です。

 

 


プロフィールも観てもらいたい。

でももっと赤裸々に

私のことを書いていきます。

知っていただけたら嬉しいです♡

 

 

18歳までの命と言われた子どもの頃

 

 

 

生まれつきの心臓の病気を

持って誕生した私は

 

 

 

 

18歳ぐらいまでしか

生きれないかもしれない。

 

 

 

と医師から告げられ

人生がスタートしました。

 

 
半世紀も前のおぼろげな記憶ですが
病院の受診の記憶が多くあります。
 
 
 
激しい運動や禁止されたことも
多かったのですが、時代もあり
 
 
 
家に閉じこもる事もなく
外遊びが大好きな、少々おてんばな
子どもでもありました。
 
 
 
小学校になると、
色んな活動が制限され、
全てに消極的な子に。
 
 
 
 
特に運動会は地獄でした。
入場行進しか許可されず
一日中、テントにポツンと1人。
 



そんな自分が惨めで、
運動会の間中、涙が止まらなかった。
 
 
 
みんなが何の競技をしているのか、
涙で見えない。
 
 
 
 
運動会に来ていた家族は
どんな思いだったのだろう・・。



しかし、自分の置かれた状況が辛すぎて
両親の心を思う余裕もありませんでした。
 
 
 
 
そして転校もあり、消極的な私は
よくいじめられていました。
 
 
 
物を取り上げられ返して欲しいなら
走ってこい!とか
 



〝え〜い、心臓病!〟
と川に落とされた事もありました。
子どもとは残酷なところもありますよね。

 
 
 
7歳くらいだったのですが
心臓病と言われていじめられるのは
納得がいかず、何ともいえない感情と
憤りを感じたのを強烈に憶えています。
 
 
 
 
しかし、いじめられていた事は
親にも誰にも言ったことはありません。



自分の中でじっと耐える
我慢に慣れた子でした。
 
 
 
 
そんな私が楽しみだったのは
年に数回の遠方への旅行。
 
 
 
 
共働きの両親と泊まりがけで行く
旅行は楽しみだったのですが、
なぜか診察や検査が必ずセット。
 
 
 
 
実はそれは大病院巡りだったのです。
当時、珍しかった私の手術を
してくれる所を探していたのです。
 
 
 

子どもの頃は診察や検査が入るのが
旅行だと思っていた私。
それでも唯一の楽しみでした。
 
 

 

色々と病院を転々とし、

やっと手術をしてくれる病院と出会い

10歳の時に大きな手術

受けたのでした。

 

 

当時は父の職場の方が

私を救おうと募金や献血を

呼びかけ、多くの方が

協力していただいたようでした。

 

 

 

手術室に入る時に

見送る両親の顔を見て

 

 

 

 

幼心に

「もう両親に会うことも出来ない」

のかもしれない。

 

 

 

を考えた事は、

今でも鮮明に覚えています。

 

 

手術を受けるための費用で

親族に争いが起こり、

 

 

 

親から愚痴を聞かされ続け、

生まれてこなければよかったと

自分をひたすら責め続け、

 

 

 

親に心配をかけまいと

自分を抑えていた子どもでした。

 

 

親に辛い思いをさせたくない

一心で良い子を演じ続けた幼少期。

 

 

 

甘えることもよくわからず、

ただ親の喜ぶ顔を見ることが幸せで、

 

 

 

自分の人生なんて

考えた事もありませんでした。

 

 

 

 

 

2歳の頃までは明るく、

活発で自由だった本来の私が





物心がつき、

元来の敏感な性質も相まって、

 

 

 

 

大人の事情を汲み取りながら

生まれてきてはいけない

存在と思い込み





被害者意識の中で自分らしさ

を失っていったようです。 

 




次に続く。

 

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​プロフィール

 
心々春(ここは)
 リバース(再生)ライフサポーター
 手相カウンセラー
 
『蘇って前に進む』自分の人生のシナリオに沿った生き方に結びつけていくリバース(再生)セッションが好評。
自身の経験や幼児教育者、育成者としての土台を基に
心理学、ホログラフィックセラピーや指紋レベルから観る手相、タロット、数秘術、紫微斗などの占術を用いて多角な観点から
胎児期からのあなたの人生の絡まった紐をあなたと共に解いていきます。
今を生き、未来への希望を胸に「自らの力で自分の道を歩めるよう」サポートしてまいります。
 

 

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