昔々のこと、
私が5歳の頃、
同居していた祖母が亡くなって、
葬式のショックで、
私は「死」の恐怖に怯えていた。
ネグレクトの母親より、
よっぽど母親代わりだった祖母が、
突然この世の人ではなくなり、
お棺の中で青白い顔をして横たわっていたのが怖くて、
「お花を入れてあげなさい」と渡されても、
恐怖で何が起こってるのかよくわからず、
近づくこともできなかった。
ただただ「怖い」しかなかった。
お骨を持ち帰って来た祖父に、
「ほら、おばあちゃんが帰って来たで」
と見せられても、
「おばあちゃん?どこ?どこ?」
と探し回った記憶がある。
「死」とはなんだろう?
「人は死んだらどうなるの?」
母に尋ねてみたら、
「焼かれて灰になるんや」
と即答された。
母は今も昔も超ドライで、
微妙なニュアンスとか、
オブラートに包んで言うことができない。
聴覚障害者でもあったので、
いつもやたら会話がぶっ飛ぶので、
子供の私にはついていけないものがあった。
絶望感に打ちひしがれていた私を、
年子の妹はこう慰めてくれた。
「大丈夫、人は死んだらお星様になるんやで」
そう言われて、
何だかホッとしたのを覚えている。
妹は言葉が遅かったが、
察する力は母よりあったから、
私がおねしょした時も、
母を呼んでも無駄だと思ったのか、
引き出しからパンツを持って来て、
「これを履きなさい」と言うような子だった。
お互いが熱を出した時も、
母が知らん顔してても、
濡れタオルで冷やして看病し合ったりして、
その存在にちょっと救われていた。
「焼かれる」
「灰になる」
と言うのは簡単。
言われたほうのショックはいかばかりか。
まぁ5歳で現実を突きつけられた反動で、
どうせ「焼かれて灰になる」なら、
やりたいことやっちゃえ!
と生き急いできたけど、
(ある意味、おかんの教育は間違いではなかった)
幼稚園時代ぐらい、
夢見させてくれても良かったんじゃ?
だからって、
大人になった今、
「お星さまになる」
と言われましても、
あまりにお伽話のファンタジー過ぎて、
リアリティーも説得力もない。
要はなにごとも中庸が大事。
(私の場合、前世こいつなんで、
地球に生まれてきたの初めてだから、
人間のルールとか未だによくわからないんですけどね)
(こいつに似てるよね、って言われたこともあるし)
(もはや生き物でもなかったらしいし)
ねぇ、
何で○○星人とか、
何回地球に転生して来た、
とかわかるん?
で、
何でそれ簡単に間に受けてんの?
お子様か!?
単なる現実逃避だよね、
それ聞いて、
現実世界がどう変わるん?
(また話がそれた)
私が、
カウンセリングや鑑定の時に気をつけていることは、
実生活に基づくリアリティーと、
具体的な例をあげることと、
相手の受け止めやすいように、
ニュアンスを変えることかなぁ。
相手の反応や、
空気を読んで、
「これはダメか、じゃ、こっちで」
って臨機応変に、
難しい専門用語も使わない、
話を聞きながら、
「これかな?これかな?」
と相手の反応を探りながら、
しっくりくる言い回しを考える。
でも、
けして嘘っぽい雲の上の話にはならない、
ふわふわキラキラの綺麗事では終わらせない、
相手の人生にふさわしい、
魂に響く「魔法の言葉」を見つけること。
いいとこはいい、
あかんとこはあかん。
聞きにくいこともちゃんと聞いて、
言いにくいこともちゃんと言う。
しっかり突っ込んで、
しっかり対策も伝える。
それが私の仕事d( ̄  ̄)
時には耳の痛いことも言う、
質問や疑問を投げかける、
「あー、わかった!これって…」
って自分の本音に気づいて、
喋ってくれるのが1番嬉しいかな。
その場限りじゃない、
ずっと悩んでる人と同じ目線で、
上っ面だけで終わらせない鑑定を心がけています☆
最近、
自分の顔があのお棺の中の、
祖母の死に顔に似て来たことに戦慄。
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