私が「良き長女、良き嫁、良き母」になれないと、
自分を責めて、

ダメ出しばかりしていて、
心を病んでいた頃、

私の周りにはダメ出しする人ばかりに囲まれました。

親や親戚、
子供の繋がりのお母さんや、

近所の人、
気晴らしに習い事に行った教室の先生、

何でこんなに責められたり、
言われっぱなしになるのだろう?

今考えると、
私が「責めさせていた」「ダメ出しをさせていた」んです。

自分はそんな扱いをされても当然の人間だ、
と自分を卑下してたんですよね。

だから当然、
そういう人達に目をつけられる。

今も絡まれるけど、
「設定」を変えたんですよ。

「ダメな自分」であることは変わらないけど、
「ダメな自分」にOKを出してるので、

責められたり、ダメ出しされても、
「それが何か?」
と開き直れるし、
他人からの悪意を跳ね返せるんです。

で、
その為には、

あらゆる常識、
制限を外すということが大事で、 

過去ブログにも書いたことがあるのですが、
全ての自分と他者へのブロックを外すんです。
 
これはとあるスピのカウンセラーさんから習った方法ですが、

まず紙に「こうなったら嫌だなぁ」ということと、
「こんな自分はダメだ」「許せない」ということを総て書き出します。

そして、
その事柄全てを眺めて、

「ふむふむ、こういう自分がいるんだなぁ」
と○をつけて、

「それもまた良し」としてください。

えええーっ?( ゚Д゚)
となりますよね。

やだやだやだやだやだ(>_<)
って、

でも、
とりあえず「こうなってもいい」と許可してください。

それだけは絶対に嫌だ、
震えが来るくらい怖いことですよ。

何でそんなに嫌なの?
そこに答えがあります。

というか、
そこにしか真実はない。

(Twitter見ててもわかるけどね、
この人そこにブロックがあるんだなぁって)

目をそらしてしまうこと、
会話で避けてしまうこと、

(そこやでー)

バカにされたくないとか、
(バカだから)

悪い奴だと思われたくないとか、
(悪い奴だから)

いい人だと思われたいとか、
(都合のいい人で終わるけどね)

プライドを守ってるからとか、
(しょうもないプライドなんだよな、これが)

それだけは絶対に失いたくないとか、
(そんなもんなくても生きていける人もいる)

何故?と問うてみてください。



例えば、
壇蜜さんって居るじゃないですか、

グラビアアイドルでも、
「ああはなりたくない」とか、
「あそこまではできない」とか、

実はやってることは、
皮1枚の違いなんですけどね。

(布1枚か、歯に衣着せぬだしな)

そこ、変なプライドがあるから突き抜けられない。

だから、
「ああはなりたくない」
「自分は違うんだ」
と線引きする。

結局それって、イソップ物語の「酸っぱいブドウ」なんだよなぁ。

「あのブドウが食べたい、でも手が届かないし取るのしんどい。だから、酸っぱいことにしておこう」

バカにされても平気なのは、
知性がある証拠なんですけどね。

バカでも下品でもない人が、
バカで下品をやるから受けてるのであって、

本当にバカで下品な人がやってもシャレにならない。

(だから、ああはなりたくないと叩く)

彼女は「どう思われてもいい」と覚悟を決めただけです。

実は「良いこと」「悪いこと」なんてないのです。

一見悪いことでも、
自分の人生に起こることは必然なので、

(逆やでー)

望んでも望まなくても、
起こることは起こるし、

起こらないことは、
絶対に起こらない。

偉大な禅のマスターは、
「お前の子だ」と渡された子供を、
「おお、そうなのか」と育て、
「やっぱり返せ」と言われても、
「おお、そうなのか」と返した。


それが無理なら、
それと同じような効果があるものとして、

これもスピのブロガーさんから教わった方法ですが、
神社で「縁切り」をすることです。

普通「縁結び」するところを「縁切り」するのです。

いいことばかり願うのではなくて、
「損すること」を願い、
「手放したくないこと」を手放すのです。

例えば、
自分は「才能があって人気があってみんなに好かれたい」とするならば、

神社でお賽銭を入れて、
「才能があって人気があってみんなに好かれたい自分」
と縁切りさせてくださいと頼むのです。

「才能があって人気があってみんなに好かれる人」なら、

「才能があって人気があってみんなに好かれる人になりたい」なんて願いませんよね。

「才能がなくて人気もなくてみんなに好かれない自分」だと思ってるから「なりたい」んですよね?

だったら、

「ならなくてもいい」と決めること!

何度も言いますが、
手放すのは、

震えが来るぐらい怖いことですよ。

しかし、

本当の願いなら何があっても叶うし、

本当のご縁なら何があっても残る。

それにしがみついている限り、
「本当の自分」も、
「本当の幸い」も手に入りません。

というか、
「本当の自分の望み」は、
「本当の自分」にしかわからない。

表面上の「理想」や「望み」は、
氷山の一角であって、

本当の「本音」は、
潜在意識にしかない。

自分では気づいてない「本当の望み」に気づくこと、

それはそんなにたいした望みじゃないかも?

一生だらだら食っちゃ寝して暮らしたいとか、
(だったら、もう叶ってるかもよ?)

どうなっても構わない、
「自分はすでに全て許されている存在」

それに気づくことが、
自分が「全知全能の神」であることを思い出す、
自分を信じる、神を信じるということです。


完全に諦めてください。


ごきげんよう☆

無理矢理棺桶に入れて寝かした子も起きる時は起きる☆

殺しても死なない、
「憎まれっ子は世にはばかる」

(後ろの家族が、あーあ💦って顔してるような気がするのは気のせいでしょうか)笑





破天荒タカさんに本気で恋してただりあです😍💕




18日(火)出演予定です↓