先に断っておくが、

私に霊感はない。
ただ、脳の構造が映像系であることは間違いない。
あるヒーリングの会で「マインドスクリーン」という話題が出た。
自分が映画のスクリーンになったようなイメージで、映った映像からメッセージを読み取るのだ。
実は私は子供の頃から無意識にこれをやっていたようだ。
過去の出来事もほとんど映画のワンシーンみたいな映像で記憶している。
それがDVDみたいに記憶の貯蔵庫にずらっと収まっている。
だから、戦争体験やホラー映画、
テレビの殺人のニュース、
全て映像がリアルに浮かんで、
疑似体験して具合が悪くなるし、
脳に貼り付いて記憶してしまう。
「なんでそんなに事細かに覚えてるのよ」
とよく気味悪がられたし、
これを霊感霊視と呼ぶ人もいるだろうが、
私は霊能ではないと思っている。
感受性が強いとか、
共感力(エンパシー)が強いとか、
言われてしまうのも多分この脳のせいだ。
普通に離婚相談にのっていて、
メイドさんみたいな人が、
お金持ちの英国紳士に殴られている映像が浮かんだりする。
そのことを伝えると、
「何故わかったの?主人は金持ちだけど、
私をただの召し使いだと思ってて、
気に入らないと殴るの」
と言われる。
何度も言うがこれは霊能ではなく、
特殊な映像脳と、
エンパス体質(共感性)、
直感とイマジネーションなんだろうなと思う。
ただ、占い館やサイトに所属すると、
「霊感霊視」と書かれてしまう。
しかし、幽霊の姿を見たことはないから、
やっぱり霊感じゃないと思う。
人と話していて映像が浮かんで伝えると、
「それ記憶にあります」
と答えが帰ってきたりするので、
何らかのメッセージは受け取っているようだ。
「未来予知できますよね?」
と何人かに言われたことがある。
それも多分、
話の流れ的にこうなるだろうなと予測しただけだ。
それはTVのドラマでも推理小説でもそうだ。
「多分次はこうなって、ラストこうなるかな」と予想してしまうクセがある。
小さい頃から漫画を描いたり、
演劇部で脚本を書いていたからだろう。
「お母さん、全部言わないでよ」
と家族からよく注意される(はずれるときもある)
ただ、無意識に口に出したことが、
当たってしまったりするから注意が必要だ。
町内会の組長が当たった年に、
なんとなく葬式があるような気がしていた。
「今年は誰も死なないで欲しいわ、
葬儀委員長やりたくないから」
と冗談で隣の奥さんと話してたら、
本当に旦那さんが急死してしまったことがある。
あれは後味悪かった。
葬儀委員長をやりながら、
「どうせやりたくないんでしょ、帰って!」
とかなり逆恨みされて辛かった。
あれから、悪い予感に関しては、
やはり言わないにこしたことはないと思っている。
離婚後独り暮らしで、
仕事がハードだったときに、
母方の祖父が危篤になったことがある。
その時初めて幽体離脱みたいなのを経験した。
目が覚めたら天井が目の前にあった。
普通は寝ている自分を上から見下ろすというが、
私の場合向きは変えれなかった。
壁や天井を抜けられた人もいるらしいが、
私はそれもできなかった。
身体が浮いたまま部屋の四隅で止まっては曲がる、
勝手に凄い勢いでひゅんひゅん飛んでた。
どうやって元に戻ったかは覚えてないし、
夢だったのかもしれない。
その時期に見た予知夢があった。
赤い旗がいっぱい立ってるどこかの祠から、
修行僧みたいな人が現れた。
そのお坊さんは池の回りをくるくる回ってどこかに消えた。
それからその夢は忘れてしまった。
が、
その後今の旦那と再婚するにあたって、
先祖の墓が行方不明になっていることが気になり、四国に探しに行ったことがあった。
亡くなった父方の祖父は、
外国船の船長をしており、
大阪に出稼ぎに出てきたのは、
遊び人で一代で家を潰した自分の父親と、
縁を切るためだった。
それでも晩年は、
「一緒に船に乗って先祖のお墓に行こう」
と私に言っていたので、本当は帰りたかったのだろう。
父が覚えていた小さい頃の手がかりは、
海水浴場のそばのお墓だったことだけだった。
香川県の役所で訪ねると、
海水浴場は埋め立てられてしまったとのこと。
せっかく高松まで来たのになぁと残念だったが、
墓はまだあると役所の人が教えてくれた。
墓地の管理者に電話で聞くと、
当時から墓は動かしてないし、
この土地で死んだ人なら全員無縁仏に入っているはずだ、と言われた。
とりあえずその墓に行って、
無縁仏に手を合わせ、
祖父の写真を見せて、
埋め立て地の砂を小さな入れ物に入れて持ち帰った。
そこに線香を立てて弔って、
お寺で永代供養してもらうことにした。
永代供養してもらえるお寺にも夢で見た赤い旗があり、修行僧の銅像があった。
「南無大師遍昭金剛」とは、
弘法大師空海と大日如来に帰依する意味があると後に知った。
そして、
大日如来の真言がこれだ。
「暗い道をひとりで歩むような不安な時でも、大日如来が光で照らしてくれるよ」
実は私はこのお経を幼稚園の頃から記憶していた。
同居していた父方の祖母が亡くなって、
ショックを受けた時期で、
葬式の様子も覚えている。
家にお坊さんが来て、
お経を挙げるとき、
何故かこの部分だけ何度も何度も一緒に唱えていたことがある。
私はどうも子供の頃から、
お経や祝詞に興味があったらしい。
私が2歳ぐらいのとき、
母の兄の結婚式で神主さんが祝詞を挙げて、
シーンと静まり返っていたとき、
「か~けまくもかしこみかしこみ~」
と突然私が大声で叫んだらしかった。
母は私を抱えて大慌てて外に飛び出したそうな(笑)
その頃の私は一人遊びが好きで、
すぐ勝手にどこかに行ってしまったようで(今も放浪癖がある)
天王寺のステーションビルで行方不明になり、
警察沙汰になったこともあったそうだ。
「電車に乗せられたのでは」
「誘拐されて殺されてるに違いない」
と両親が悲観していたその時、
トイレでひとりでご機嫌で遊んでいるのを発見されたらしい。
実はその時の記憶もある。
水道の水を出しっぱなしにして、
手ですくっては何度も便器に入れに行った。
「何故あふれないのだろう?」
それから床の排水溝にも何度も水を入れた。
「水はどこに行くのだろう?」
小さい頃は神様が見えるというが、
きっと私は神と遊んでいたのだろうなと思う。
その後、
仏教学校に入ったのも、
ただの偶然かもしれないが、
色々と守られたり導かれているなぁと思う。
永代供養をした途端、
何故かトントン拍子で再婚話が進んだ。
私と旦那は離婚経験者で、
再婚する気は全くなかった。
お互い前の相手とも付き合いは長かったのに、
子供もできなかったし、
この先もできないだろうと思っていた。
四国から帰ってきたら、
何故か猛反対していた旦那の母親が、
「結婚しなさい」と猛プッシュしてきた。
親同士が会いたいとなって、
籍を入れざるを得なくなった。
「嫌だなぁ、どうせまた別れるのに」
と引っ越しの準備をしていたら、
気分が悪くなって吐いた。
まさかの、つわりだった。
なんかしらんけど、
人生生きてたら、
色々とやらされる( ̄ー ̄)
一体誰にやらされていて、
次は何をやらされるのやら?



