大学の卒業論文に、
私は安部公房を選んだ。

みんな太宰や谷崎や三島などの有名どころを選んでいた。

私は演劇部に入っていたため、
劇作家でも演出家でもあった安部公房に興味を持った。

公房は芥川賞を受賞作家でありながら、
あまり日本人受けしなかったのか、

名は馳せていないが、
その前衛的な抽象画を思わせる作風は、
海外では認められていた。

私は人と同じものを選ぶのが嫌で、
多少難解でも個性的であった彼の作品に惹かれた。

(後にゴールデンボンバーの歌広場が、
難解なものを選べば頭がいいと思われるから
との私と同じような計算高い理由で、
安部公房を専攻していたことを彼のブログで知った)


「壁- S・カルマ氏の犯罪」は、
ある日名前も肩書きもなくしたSカルマ氏が、
自分の名前と肩書きを取り戻すために、
犯罪を犯す話だった。

「カルマ」とは、
サンスクリット語(梵語)でいうところの、
前世からの「業」という意味だ。

恋人のA子が奇妙な歌を唄う人形に見えたり、
自分の流した涙の川で溺れたり、
美術館の砂漠の絵の中のラクダを盗んで警察に追われたり、
自らが巨大な成長する壁となり、
この世界から分離してしまう、


およそ日本文学作品ではあり得ない、
荒唐無稽なストーリーだった。

私は彼の犯した犯罪とは、
「人は皆生まれながらの罪人なのに、
自分だけが特別な病いであると思い込んで、
他人や世間に迷惑をかけたことである」
と論文で述べた。

私の論文は高評価を受け、
卒業生代表で学会誌に掲載された。

教授からは教務助手として残らないか?
と誘われたが、
父の縁故の就職先が決まっていた。

正直大学に残りたかったが、
父には逆らえなかった。

私の就職先は、
当時世界最大級といわれたパソコン売り場だった。
私は全くパソコンはわからなかったが、
父が勝手に決めた。

父は工学部を卒業している理系脳だったため、
私が理系でないことを子供の頃から常に罵ってきた。

「お前は本当に俺の子か?」
「自分の子供ならできるはず」
と決めつけられて配属されたその職場は、

ほとんどが男性社員だったし、
その男性社員でも難しい専門用語がわからず、
配属初日で辞めたりしていた。

そこでも私はわけもわからず、
適当マシンガントークと、
ほぼ当てずっぽうで高額商品を売りまくった。



上司から褒められたり、
どんなに売り上げをあげても、
やりがいより不甲斐なさと罪悪感ばかりがつのった。

「もうやめたい」と思っていたとき、
同じ新入社員だった、
元旦那が声をかけてきた。

彼はノートパソコンコーナーに居た、
学生時代バイトでも売っていたらしく、 
パソコンに詳しかった。

「わからないお客さんはこっちにふって」
と言ってくれた。
地獄に仏だな、と私はそれにすがった。

周りからは「付き合っちゃえばいいのに」と言われた。
でも私は拒否していた。

会社を辞めれば会うこともないし、
恋愛にも興味がなく結婚願望もなかったからだ。

数ヵ月後、いよいよしんどくなってきて、
顔に蕁麻疹が出るようになった。
父に「辞めたい」と言った。
父は絶対に許さないと言った。

いつものことだった。
父は言い出したら聞かないのだ。
家を出るしかない。

彼に相談したら、
「俺と結婚すればいいやん。
会社も辞めれるし家も出れるし」
と言われた。

私は苦し紛れにその話にのった。
今考えれば本当に子供だった。

うちの父と母は見合い結婚だったため、
「女の子は望まれて嫁に行くのが1番幸せなはず」と言われた。
「そんなもんなのかな」と思った。

私は会社を辞めて、
淡々と結婚準備を始めた。

向こうは一人息子だったから、
二世帯同居の話が持ち上がった。

私はそれも飲んだ。
もう家を出れたらどうでも何でも良かった。

私はさっさと式場を予約し、
式を挙げた。

ウエディングドレスを着ながら、
元旦那の友人代表で、
スピーチをする今の旦那を見ていた。

「こっちのほうがタイプだったな」と、
ふざけて腕を組んで写真を撮った。
「もっと早く会いたかったな」
と今旦那は笑った。

(←こちら側に元旦那が売っていたのでカット✂︎)

新婚旅行はハワイだった。
1日目はマウイ島だったが、
プロペラ機が怖かったし、
観光よりただただ1日中寝ていたかった。

元旦那はあれもしたい、これもしたい、
とはしゃいでいたし、
2日目はヒルトンワイキキだった。
正直ポリネシアン料理は不味かった。

ステーキも塩コショウのみで、
ソースもかかってなかった。
ダイヤモンドヘッドの夜景は綺麗だった。

私は食が合わず、
ルームサービスでバナナブレッドを頼み、
ビーフジャーキーとドライマンゴーをかじってしのいでいた。

アラモアナショッピングセンターで化粧品やら土産を買ったのは楽しかった。
しかし、日本には帰りたくなかった。
帰ったら二世帯同居という現実が待っていた。

本当に子供同士のままごと結婚だったのだ。

そして、
その予感通りやっぱり上手くいなかった。
(当たり前)

私は毎日舅姑に気を使い、
正月明けに親戚を1人で接待してから、
寝込んで立てなくなった。

姑は「何故身体の具合を治してから嫁に来なかったのか」
と家事のできなくなった私を責めた。

なんでこうなっちゃうんだろう?
(当たり前2回目)
また私は家を出ることしか考えられなくなった。

その後、
私は家を出たのだが、
元旦那もついて来て、

姑からの執拗な家のローンの催促や、
帰って来いの電話に追い詰められた。


それは、
「自分と他人の心を欺く」という、
私の犯した最初の「犯罪」の結果であった。



稲葉浩志/波