今日はわけのわからない話をします。

スピや不思議系話に興味のない人はスルーしてください。




もう15年前になりますが、

当時私は2人目の子供を5ヶ月で流産し、

その時に「もう子供は無理」みたいなことを言われて、

精神を病んでいました。

(後々2人目を妊娠出産したのですが)

その時は誰も信じられなくなり、

本当に出家して悟りを開きたいと思いました。

「人は何故生まれ、何故死ぬんだろう」

この世界の全てを捨て去るには、

死ぬか悟りを開くかしかない。

その時に悟り系の本をたくさん読みました。




そして、この本の著者である中西研二さんが主宰する悟り系ヒーリングの会に入りました。

そこではディクシャという悟りを得るためのエネルギー伝授や、サイババのヒーリングを習いました。

初めてこれがいわゆる目覚めの一瞥体験かなと私が経験したのは、

頭のてっぺんのコルク栓みたいなものがポンッと抜けて、

そこからシャンパンの泡のように、

シュワシュワとこの世界が吹き出しました。

椅子やテーブルや本や電子レンジや冷蔵庫、

旦那や子供や、

両親や妹、

好きな人も嫌いな人も、

家や車、

空や雲や鳥や、

宇宙まで含めて、 

全部自分でした。

今まで自分が外側だと思っていたのが内側で、

内側だと思っていたものが外側で、

着ていたものを裏返しに脱いだような感覚。

自分以外の人やモノなんて何もなかった。

全てが自分から生まれ、

自分の一部でした。

そして個の私は空っぽになり、

居なくなりました。

「色即是空 空即是色」

それがわかったとき、

全てが自作自演のコメディだとわかりました。

おかしくて涙と笑いが止まりませんでした。

アホらしくて馬鹿馬鹿しくて、

それなのにとてつもない至福感に包まれました。

何が起きても全部自分がやってるし、

誰に何をされても、

自分がその人をどう扱っても、

目の前のその人は自分なんだ。

だって自分以外居ないし、

もともと自分も誰も居ないじゃないか。


私は中西さんに興奮気味に見えたビジョンを話して、こう聞きました。

「私は狂ってるわけではない?」

「狂ってないよ、それが普通だ」

「ひょっとして、私は死なない?」

「死なない」

「私は居ない?」

「居ない」

「居ないけど居る?」

「居る」

そんな会話を交わしたと思います。

「私達は運転手つきのロールスロイスに乗っているだけだ、安心してふんぞりかえってりゃいい」

それから、

その会の合宿に行ってインストラクター資格を取ったり、

マザーテレサの映画を見て、

感動して泣いては、

思わず誰彼構わず抱きついてしまったり、

あの時は興奮して、

本気でインドまで行こうとしてたなぁ。

(結局勇気がなくて行かなかったけど)

今はもうその時の至福感は忘れてしまって、

また個の自分のストーリーにドップリひたってしまって、

日常に埋没して泣いたり笑ったりしてるけど、

あれは一体何だったのかなぁ。

本当になんてくだらなくて、

美しくて醜くて愛しくて、

汚いも綺麗もないし、

死なないし死ねないし、

傷ついたってかすり傷もついてない。

損も得もしてない。

失敗も成功もない。

幸も不幸も全部自分でやってるだけで、

だから本当にもう何もかも自由で、

真面目に生きるのなんて、

ちゃんちゃらおかしい。

だって人生何でもありなんですよ。

全部自分に都合のいいストーリーにしちゃえばいい。



それから、

阿部敏郎さんや雲黒斎さんの所に行ったり、

スピリチュアル系のブロガーの方のオフ会には今でも参加してるし、

あと、
さとうみつろうさんのとこにも行ったんだ。



みつろうさんには、

「本当の自分はどこにも居ないってのはわかったんだけど、たまに個の自分に感情移入しすぎてしんどい」

って言ったら、

「自分を俯瞰して見るのも、自分になりきって感情移入するのもどっちも大事、どっちも大切なことだよ」

って言われたなぁ。




今も昔も、

気になった人には会いに行かずにはいられない。

それはバンドマンでもスピの人でも変わらない☆