熊本は、お正月早々地震に見舞われた。
久々の大きな揺れに、ドキッとした。
私が住んでいる地域は、震度4〜5弱程度の揺れ。
2年9ヶ月前の熊本地震がありありと思い出された。
熊本地震直後の熊本城は、悲しいかな、見るも無残な状態。
武者返しが美しかった石垣は至る所で崩落し、櫓が崩壊してなだれ落ちている…。
目にするたびに、痛々しく、涙が溢れでて止まらなかった。
熊本城は熊本県民のシンボル。
電車通りから見える熊本城は雄々しく、商店街の隙間から見上げる姿も美しい。
お花見の名所は熊本城。
初詣も熊本城(の隣の加藤神社)。
遠足や写生大会も熊本城。
お祭りの神幸行列も熊本城をめぐる。
…そういう私は、熊本出身ではない。
夫の転勤に伴い、熊本に引っ越してきたのが15年前。
熊本に永住を決めたのが14年前。
夫婦とも熊本はおろか、九州に親戚は一人も居ない。
でも、なぜか縁あって熊本に居を構え、家族は定住し、夫の単身赴任生活が始まった。
そんな熊本在住15年の私でも、熊本城に魅せられ、熊本城が大好きになった。
なので、生粋の熊本人にとっての熊本城愛は計り知れない。
今、熊本城の修復が行われている。
先日、テレビ番組で熊本城の石垣の修復作業が放映されていた。
全国から来られたプロの石工さんたちが、難しい作業を繰り返し行って下さっている。
修復が完成するには、まだまだかなりの年月がかかるそうだが、
今年の秋には、天守閣の外観復旧工事が完了するそうだ。
市街地から見上げる熊本城が戻ってくる。
熊本城がある風景が戻ってくる。
だが、熊本城の復旧、復元には莫大な時間とお金がかかるそうだ。
現在、「復興城主」を募集しているそう。
熊本城を愛する皆様にご協力いただけるとありがたい。
先日の地震に話を戻してみる。
転勤族の夫は、熊本地震を経験していないので、今回の地震にかなりうろたえた。
私は逆に自分でも驚くほど冷静だった。
経験値の差を感じた。
ちょうど夕食中。
揺れ始めたのは、カセットコンロで鍋料理を食べているときだった。
すぐに火を消さなければ、と思ったがカセットコンロのスイッチは夫側に。
「火を消して!」と夫に言ったが、パニック状態の夫はうろたえて、
私が言ったことを理解するのに少し時間がかかった。
「火を消して!」3回目ぐらいでやっと消すことが出来た。
結果的に、被害は何も無かったが、2年9ヶ月の間にすっかり油断してたなぁと気付かされた。
地震のときに一番困るのが水。
飲み水はもちろん、トイレを流す水も必要だ。
早速、浴槽に水を張り、ペットボトルの飲料水を購入した。
あと、ガソリンにも困った。
避難するにも、買い出しに行くにも、車中泊するにもガソリンがいる。
でも、地震直後はガソリンスタンドにガソリンが供給されない。
当時、ガソリンスタンドには長蛇の列が出来、給油量の制限もあった。
非常時を考えるなら、ガソリンは常に半分くらいはキープしたい。
地震の翌日、早速ガソリン満タンにしておいた。
そして、食料品。
熊本地震後は、営業しているお店もまばら。
開いているお店を見つけて飛び込んでも、商品はほとんど手に入らなかった。
地震翌日に買えたのは、スナック菓子だけだった。
なので、保存食もある程度はストックしておいた方が安心だ。
我が家もまた買っておこうと思った。
あと、思い出されるのが、幹線道路の大渋滞。
県内外に避難する人、
親戚知人の様子を見がてら支援物資を運んでくる人、
食料品や水を求めて買い出しに行く人、
公的な支援物資の運搬車両、
復旧応援の車両、
そして緊急車両。
高速道路は通行止め、
道路はいたるところで陥没したり、橋が崩落したり、寸断したり…
使える道路が限られている上に、大量の車両が押しかける。
幹線道路の大渋滞は、かなり長い間続いた。
「喉元過ぎれば熱さ忘れる」
「備えあれば憂いなし」
新年早々、気を引き締めていこうと思った。
(地震前の熊本城。写真acさんより)
