二学期が始まった頃のこと。

車通勤の途中、

ランドセルを背負った男の子が

下を向いて「牛歩」のようにノロノロ歩いているのを見かけた。

明らかに小学校の始業時間は過ぎている。

学校に行きたくないんだなぁ、と思った。

以前も同じような場面を見た記憶が蘇った。

その時は、学校に行き渋って泣きわめく小学生の男の子を、お母さんが叱りつけながら、引きずるように歩いていた。

どちらの場面も、なんか切なくて涙が出た。

「学校、行かなくてもいいんだよー」

と、声をかけたくなった。

夏休みの宿題が出来ないのを苦にして、自死する子どもがいるらしい。

宿題ごときで死ななくてもいいじゃん、と叫びたくなった。

(宿題しなくても立派な大人になった人もたくさんいる。)

少し前ラジオで、欧米では宿題に学習効果が見られないことが判明したので、、宿題廃止の動きがある、と聞いた。

でも、読書だけは勧めているという。

基礎学力をつけることに反対するわけではないけど、

本人がやりたい!楽しい!と思えない学習って、意味があるのかなってちょっと思った。

そこで私の提案!

夏休みの宿題の代わりに

「夏休みのリア充、プレゼン大会!」

何でもいいから、夏休みにやったこと、記憶に残ったことを、クラスのみんなにプレゼンする!

「泳げるようになった!」

「虫取りした!」

「おばあちゃんちでナスを収穫した!」

何でもいいと思う。

「ぶっ続けで24時間寝た」

「旅行先で最大級の台風に遭遇した」

「ラジオ体操を毎日した」

「毎日お昼ご飯を自分で作った」

「部活、習い事をがんばった」

「本を○冊読んだ」

「田舎暮らしを体験した」

「ボランティアに参加した」

夏休みならではの体験ならどんなことでもOK。

みんなの前でプレゼンすることで、考えたり学んだり工夫したりすることがたくさんあると思う。

プレゼンの仕方だったり、

話し方だったり、

まとめ方だったり、

手書きでもいいし、

絵を描いてもいいし、

パソコンが得意ならパソコンで作ればいいし、

写真や動画でもいいし、

コントや漫談、寸劇でもいいし、

歌やダンスを披露してもいいし、

それぞれが自分の得意分野で、

夏休みをどう過ごしたかをプレゼンする。

そこには評価はなくて、

「みんな違ってみんないい」で

それぞれの夏休みの過ごし方やプレゼンのいいところを誉め合う。

条件はただ一つ、親の手出し口出しは一切なし。

夏休みの宿題がそんなだったら、子どもたちはもっと生き生きといろんなことに挑戦して、

いろんな経験が出来るんじゃないかな、と妄想してみた。

毎日毎日をイキイキと楽しく、子どもらしく生きてほしい。

未来や過去に生きるんじゃなくて、「今」をのびのびと生きてほしい。

人としての生命の輝きを取り戻してほしい。

なんか、そんな風に思えてきた。

一度きりの人生、

生きることを楽しんでほしい。

「子どもらしく」

子ども本来の輝きを!

生まれてきてくれたことが、最上級の親孝行。

生まれてきてくれて、ありがとう。