かつての私は、自分が大嫌いだった。
自分が嫌いだと、自分を大切にすることが出来ない。
自分を大切にしていない人間を、本能的に嗅ぎ分ける人種がいる。
いわゆる、いじめっ子だ。
当然のごとく、私は「いじめっ子」の標的になり、かなり陰湿なイジメを受けた。
自尊心をズタズタに引き裂かれた。
思いあぐねて、母に相談したこともあったが、「我慢しなさい」の一点張り。
当時の学校の先生は、私がイジメにあっていたことを知ってか知らずか、イジメの主犯格をエコひいきしていた。
おまけに、主犯格は、学年一の秀才で人気があった男子と付き合っていた。
大人も男も全く人を見る目が無い…
おかげで、超人間不信…
誰一人味方は居らず、自分も含めて人間すべてが敵だった。
いじめた人間を名指しで遺書を書いて、自殺しようと真剣に思い悩んだこともあった。
そんな勇気も持てず、なんとか自殺は踏みとどまったので、今の私が存在する。
では、なぜ自分が大嫌いだったのか…。
思い当たる原因は、母との確執、母子関係だ。
私は、母に愛されていない、母に疎まれていると思いながら育った…
完璧主義でプライドの高い母は、幼少の頃から、やることなすこと、私にダメ出しをした。
例えば、テストで98点取って、母に見せても
「この2点はなに?!なんで間違えたん!」と厳しく責められる始末。
物心ついた頃から、叱られたり、けなされたりばかりで、褒められたり、抱きしめられたりした記憶はない。
また、行動がゆっくりで不器用な私を待てず、しびれを切らした母は、ありとあらゆることに手や口を出した。
そんな育てられ方をしていると、当然、指示されないと自分で何も出来ない子になり、
常に人の顔色ばかりうかがう子になり、
自信が持てず、自分が大嫌いな人間になった。
自己肯定感が低い私は、思春期から20代半ばまで、暗黒の10数年間を過ごした。
苦しくて苦しくて、生きることさえ辛かった。
行くところ行くところで、いじめられたり、人に都合良く利用されたり、騙されたり…
人の目が異様に気になり、対人恐怖症になって、家の外を歩けない時期も経験した。
ストレスにも弱く、常に体調不良を抱えていた…
…それから紆余曲折ありながらも20数年経った今、「自分を認める」ことは出来るようになったと思っています。
自己肯定感が低いとどれだけ生きにくいか、
低い自己肯定感を高めるのがどれだけ大変か、を私は身をもって体験しています。
私のような苦しい思いをする子供が少しでも減ればいいなぁという思いで、自己開示しています。
これからも、時折、自己肯定感をテーマに私の思うところを書いてみようと思っています。