お嬢が幼稚園でもらってきた絵本。
「だからすてないんだね」
←こどものくに/ 斉藤栄美・作今は、「ぼくとママのたからもの」という題に変わっているようです。
10年以上前の絵本です。
内容はね…。
おもちゃ箱をお片づけしましょうと、ママがけんちゃんに促します。
「いらないものが たくさん ありそうよ」
というママに
「いらないものなんて ないもん」
というけんちゃん。
石にも、紙にも、けんちゃんの思い出が詰まっていたのです。
ママにしてみれば、それはただのゴミでしかありませんが、
それは、けんちゃんにとっては大事なものだったのです。
それを知ったママは、
「けんちゃんに みせたいものが あったんだ」
といって、小さい靴を見せます。
「これ、 けんちゃんのよ」
「ええっ ぼくの?」
お人形の靴のような小さい靴に、驚きを隠せないけんちゃん。
「ねえ、ママ。
この くつ、 ぼく はけないのに どうして すてないの?」
「これはね、あかちゃんだった けんちゃんが さいしょに はいた くつなの。
この くつを はいて よちよち あるく けんちゃんのこと、 ママ、よく おぼえているよ」
「わかった!
だから すてないんだね」
ちょっと、思い出してジーンとしちゃった。
このお話しには、ライフオーガナイザーの思いが込められていると思います。
他人にとってはゴミ同然のものでも、本人にとっては大事なモノです。
そのモノ=思い出は、本人にしかわからない、価値観で出来ています。
みかんの皮、キャラメルの箱、それだけでは、なんの意味も持ちませんが、その背景にあった記憶が、共有のものだった時に、家族の中にコミュニケーションが生まれます。
一緒に食べたみかんの美味しかった事。
ママには、ただのみかんの皮でしかありませんが、けんちゃんにとっては、初めて庭に実った、ママとパパと分け合って食べた、たった一個のみかんの想い出です。
皮を取っておくという形で、家族の思い出がよみがえってくるツールになるのです。
家族でも、価値観はそれぞれ違います。
親だからといって、子供の物を勝手に処分する事は出来ません。
ママにも、捨てられない想い出があります。
けんちゃんにしてみれば、もう履けない靴をなぜ取っておくのかわかりません。
でも、想い出を語るママの中に、大事に育ててもらった記憶を感じ取ったのでしょう。
モノと人の間には、ストーリーがあります。
これを無視して、
「今現在、履けない靴を取っておく意味は?」
と問われ、捨てることを促されたとしたら、ママはどう思うでしょう?
みかんの皮はゴミでしょう、と捨てられたら、けんちゃんは、どう感じるでしょう?
ライフオーガナイザーは、ここに焦点を当てます。
その人が宝物だと思うものは、取っておいていいのです。
けんちゃんが、みかんの皮や石ころを、「もういらないよ」と思うまで、取っておいていいのです。
人の価値観は、ライフステージやライフサイクルで変わってきます。
なんでも取っておいたら、ゴミ屋敷になってしまう。
そうならないように、それ以外のモノを手放していけばいいのです。
「なんでも取っておきたいと思うのは、欲張りですよね」
自宅セミナーに来ていた生徒さんが、言っていました。
そうなんです。
欲張らない。
でも、捨てられない。
そういう時は、大事なモノ以外を手放していく事をオススメします。
でも、本当に大切な事は、モノではなく、そのモノの背景にある相手への思いやりなのではないかと思うのです。
モノは、その気持ちを思い出させてくれる媒体にしか過ぎないのかもしれません。
いつも、相手を思いやれる気持ちがあれば、モノにこだわる必要はないのかも。
そういう風に考えていくと、潔くモノから離れていけるのかもしれませんね。
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