こんにちは。鳥居ミコです♪
昨日
彼が
初めて
我が家で
大好きなものがいっぱいで
美味しくて
私ね。
日頃
家でほとんどお料理しないんです。
それには
こんな背景があります。
心の世界に入る前。
6年前。
家族に
「お前のせいで自分はおかしくなった」
という言葉を
繰り返し言われた時期がありました。
それを聞いた私は
一時期
毎日
ものすごい一生懸命
お料理をしていたんです。
当時は
(そうすることが何より大事)
って思っていたんだけど。
今振り返ると
(家事を完璧にやらないと
ずっと責められる)
という思いがあったなぁ。
自分を責めるのは
いつだって自分なのにね

さらに遡って振り返ると
私は
小学校5年生から
家族みんなの夜ご飯を
作っていました。
その頃
母が仕事に行き始めたんだけど
少しでも帰りが遅くなると
ご飯が遅くなるって
父が母を怒ってたんだよね。
で。
母は料理が苦手だったし
料理が得意だと思っていた私は
(私がご飯の支度を頑張れば、
お父さんはお母さんを怒らないはず。)
なんて思ってた。
だから
私にとって
「料理をする」っていうことは
家族が仲良くなるための。
家族がバラバラにならないための。
私が提供できる
唯一最大の奉仕だったんだ。
ご飯さえ美味しければ
お父さんが機嫌がいい。
喜んでくれる。
お母さんが助かる。
お兄ちゃんも嬉しいはず。
そんな思いでいっぱいだった。
でも
それを私がどんなに頑張っても
結局
家族はバラバラになった。
気づけば
お兄ちゃんは高1で下宿を始めるし。
母も
ほどなくして
甲状腺の病気を発症して
家の近所に部屋を借りて
一人暮らしを始めるし。
父と二人ぼっちの生活は
寂しくて
みるみる
ハードロックのバンド活動や
夜遊びにハマった高校時代。
ほどなくして
母も兄も
家に戻って来たから
その寂しい生活は
2年半だけだったんだけどね。
あの頃の
得体の知れない無力感や寂しさは
(一生懸命料理をしても
誰も幸せにできない)
っていう思い込みに
繋がったのかも知れない。
そして
時を超えて
その思い込みが
現実になったかのような経験を
したわけです。
6年前
一生懸命料理をしていた私は
(一生懸命家事をやらないと
責められる)
という
父に責められた母を投影した思いを
前提に
頑張り続けていて
いくら頑張っても
悪化し続ける現実に
とうとう心が折れたんです。
その直後
心の世界に入って
少しずつ自分のことが見えてきて
気づいてしまいました。
私は
料理が
好きじゃなかった
んです

料理というものを
母みたいにならないために。
責められないために。
家族が仲良くなるために。
家族がバラバラにならないために。
半ば義務感で
やってた。
だから
彼が
我が家のキッチンで
お料理をしてくれると思うと
正直なところ
「やったね!!イェーイ!!!

」
って手放しで喜べない
自分がいました。
でもね。
そんな私の
小さな引っかかりが
昨日
彼は昨日
家のそばまで来て
一旦車を駐車して
家に上がる前に
ゆっくりお買い物をしてから
来てくれたんです。
まず
テクテク
家から駅までの道のりを歩いて。
近くの神社に寄ったり。
私の大好きな焼き豚のお店の名前を
聞いてくれたり
食品売り場で
色々見てまわって
お買い物して。
キッチンに入ってからも
ゆっくり丁寧に
どこに何があるのかを
確認しながら
そこにあるものを使って
お味噌汁や
おひたしや
サラダや
サラダのドレッシングを
作ってくれて。
骨折や捻挫にいい食べ物を
調べてくれて
彩りも考えてくれて。
そんなひとつひとつに
私は
出来上がったお料理が
とっても美味しくて
優しくて。
漫画「美味しんぼ」が大好きな
彼にとって
「料理すること」の意味は
もしかしたら
暖かくて
優しくて
幸せなものなのかも知れません

そんな感覚が
ひと口食べるごとに
伝わってきて
そんなわけで
剥離骨折という
思いがけないアクシデントによって
ずっと見ないようにしてた
お料理にまつわる
古い感情の記憶を
このブログを書きながら
昔のことを
思い出しては泣いたり
書き進めながら
昔は気づけなかったことに
気づいたり
家族と暮らした日々の
暖かさを思い出したり
そして
一昨日よりも昨日。
昨日よりも今日。
彼の愛を
もっとたくさん
受け取れるようになってるのを
そんな自分が
今もまだ
ハートの中が
うずうずして
暖かいものが広がっているのを
(家族を幸せにするために
私がやらなきゃ!)
って思って
頑張り続けてた時って
感情(不安)と行動が
ズレてたと思う

それよりも
(やりたい

)
って思うことをやる方が
自分にとっても相手にとっても
その(やりたい)は
思考を挟まない
直感的なものほど
純度が高いんだよね

いつかフワリと
(料理がしたい

)
って思う日がきたら
やっぱり
剥離骨折がもたらしてくれたギフトは