私の場合の話。
命を終わらせることは簡単だから、終るまでのもがく過程を楽しみ、迷い、喜び、悩むのだろう。
今を楽しむことは難しいが、常にどこで諦めたくないという気持ちは存在する。
失ったモノや人達、関係を数えても無意味だ。
失ったのだから、戻りはしない。
見捨てられたり、自分から捨てたり。
それは過去という金庫にしまえばいい。
鍵は捨てる。
思い出したくもない過去が入っている、金庫は開かれない。
ただ目につく場所にはある。
何が過ちで何が正解だったのか。
そんなものは、未来にきた私にさえ分からない。
過去は糧になるか。
過去を経て今の私がいる。
最低限のはみ出さない人生の生き方を知っただけ。
誰にも褒められず、誰にかにはけなされ、自分が一番納得しない現在。
終わっても、終わらなくても、変わらない。
生きていることは地獄であり、修行なのだろう。
なんて、仏教じゃないんだが。
しかし、暗いな。